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第六十三話 フルボルテージ

「殺してやる!殺してやる!」

 怒りを放出するヘクゼダスは、前の邪魔な悪魔たちを押しのけてティリスに迫る。今の彼は怒りと憎しみに打ち震え、悪魔としての真なる力を解放せんとしていた。

 悪魔が真の力を発揮するのに必ずしもそういった感情や出来事は必要ではない。これはヘクゼダスのような元々別の知的生命体であった場合にのみ、その元の生物から離れ悪魔に近づくために必要な切っ掛けの一つに過ぎない。その基礎的なステップを彼は駆け上がろうとしていた。

「ヴァルグロウ!!」

 ティリスが向かってくるヘクゼダスに氷のつぶての連弾を放つ。こぶし大の大きさの氷の塊はヘクゼダスに紙一重で躱されてしまい、直撃した弾も怒れる悪魔を止めるにはまったくもって足りなかった。ヘクゼダスの方も、完全に無意識でその攻撃を躱していたがそれにも限度がありいくつかの被弾は避けられなかった。それなりの痛みはあったはずだが、彼の脳から急速に分泌される謎の物質は、痒みすら感じさせることを許さなかったのである。

 あと五メートルまで迫ったところで、ティリスは剣を抜き放った。選ばれし勇者の剣、サフェタニア。千年前に一つの大陸を恐怖に陥れた悪魔ゼラルカンデアを討ち取ったとされるこの秘宝は、今もう一度悪魔を討たんとこうして勇者によって何百という悪魔たちを切り捨ててきたのだ。そして今、更にもう一体の元人間の悪魔をその数の一つに収めんと抜き放たれた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、!!!!!」

 声にならない声が、ヘクゼダスの喉から発せられる。

「やああー!!!」

 剣が彼の頭から真っ二つにしようと振り下ろされる。当たれば彼の強固な皮膚も骨ごと切り裂いてしまうだろう。彼はそれを避けるのではなく、より相手の懐に踏み込んで、刃ではなく鍔を肩で受け止めた。

「な!」

 目の前に立つ三メートル強の悪魔に一瞬身じろいだティリスは、素早くバックステップで間合いを取ると、今度は横に薙いだ。一閃切りが空間を切り裂く。

「クソオッ!」

 今度はヘクゼダスの姿が消えた。だが経験を積んでいるティリスは、すぐにヘクゼダスがどこにいるか気づき、上に向けて衝撃波を放った。

「グウウウウ!」

 十メートルも跳躍して避けていたヘクゼダスだったが、その巨体故生じる影も人間の一回りも二回りも大きいため、地上に大きな影を残してしまっていたのだ。空中であったため回避できずとてつもない衝撃波の直撃を受けたヘクゼダスは、更に高く飛ばされ城壁に叩きつけられた。城壁を覆う石が割れ、地上に彼と共に破片を降り注がせた。幸い悪魔はその程度では傷つかないため二次被害は無く済んだ。

 一対一で激しい死闘を繰り広げるヘクゼダスを見て、ガイウスト達は動揺していた。

「あれがあのヘクゼダス……嘘だと言ってくれりゃ信じるぜ俺は」

「ああ、我々に近づいてきているが……あれは」

 コッフェルニアには、少し引っかかるものがあるらしい。彼の鬼神の如き動きは未熟なジュルのそれではなく、その上のグライバやマール・クレヒトの階級の悪魔がある程度力を発揮したときの戦い方といってもおかしくはなかった。

「俺も戦いてえんだけどよお……」

 ガイウストは物欲しそうな目で彼らの戦いを見つめていた。彼は強者との戦いを望んでいるが、可能な限り一対一が理想であり、出来ることなら誰にも邪魔されたくない。それ故に、今本気で勇者に戦いを挑んでいるヘクゼダスの邪魔をしたくないという気持ちが彼を自制させていたのだ。他の悪魔たちも、そわそわしていて落ち着かなそうな者も多くいたが、実際に手を出そうとしている者はいなかった。これらは彼ら自身が抑えているものだと、ガイウスト含め彼ら自身はそう思い込んでいたが、真実は違った。もっと力の大きな、そう、誰も敵わないような力を持った“彼”が、周辺の悪魔たち精神に少し入り込み、ちょっとだけ精神を操作しているのだ。

「ウウウッ!グウアアアアーーー!!!」

 最初は勢いで圧倒していたヘクゼダスであったが、徐々に経験に勝るティリスが逆転し始めていた。攻撃は少しずつ読まれるようになり躱され、逆に攻撃は当たっていき、傷つく。それに伴い鈍っていく動きに攻撃が重ねられダメージは蓄積していく。悪循環がヘクゼダスを襲っていたのだ。

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