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第六十二話 覚醒せよ その血の糧に

「私はねえ、強襲部隊にいるからそりゃもう倒したら次倒したら次で大変だったんだからねー!」

「そ、そりゃスゴイな……」

 どういう立ち回りをしていたのかはわからないが、悪魔が大変というくらいなのだからそれは大変だったのだろう。

「まあでも流石にずっと戦い続きで皆疲れちゃったし、怪我もしちゃってるからねえ、だからこんな感じで休憩に入ってるんだ」

 キエリエスはヴィヴェルから差し出された水を受け取ると、一気に飲み干す。口の端からこぼれた水が、彼女の肌の上を伝い地面を小さく濡らす。そこでヘクゼダスは初めて彼女の肌がいつも通りの綺麗な青でないことに気づき、それを注視する。体の殆どが赤黒く覆われており、あちこちに小さな固形物がこびりついて乾いてしまっている。それが敵の血肉であることに気づくのに時間はかからなかった。彼女がそれらを落とす暇がないほどに忙しい部隊なのだろうか。自分だったらついていけないな、と今の部隊に配属されたことに安心するヘクゼダスであった。

「あれ、サイカはどうしたの?」

 彼女はヘクゼダス達の背後に置かれているサイカのオブジェに気づき、歩み寄る。

「ああ、それは……変な人間に粉を掛けられたらそうなったらしくてさ。ハーメンでも治せなくて困ってたんだ。」

「ええ~サイカがやられるほどって……すんごい敵と戦ってたんだね」

「いや、まあね」

 実は自分がそのうちの一人を単独で倒したんだぞと自慢したくてうずうずしているヘクゼダスを他所に、キエリエスはガイウスト達と話し始めた。どうやら詳しい話を聞いているらしく、がっかりするヘクゼダスであった。

「あ、そうだキエリエス……」

 勇気を出して自分から彼女に声をかける。すると彼女はあの屈託のない笑みで振り返り、どうしたの、と返事をした。言いたい、ただあの言葉だけでも言いたい。人間の時の自分だったらそんなことは一生言えなかっただろう、しかし今は悪魔だ、力がある。こんな自分にも仲良くしてくれる彼らがいる。彼は、一歩前に進み、喉から言葉を振り絞った。

「あの、その」

「なに?」

「……死なないでく」

 言葉を言い切る前に、運命の号令がかかった。

「我が兵よ、集え!休息は終わりである、動けるものは我に続け!」

 コルームント卿の高らかな呼び声が、空気を震わし辺り一面に轟き渡る。その声にヘクゼダスの小さな声はかき消され、半分すら伝わることはなかった。

「あ、ごめんね。もう行かなきゃ!バリトムの尾を踏むなってね!」

 軽やかな足取りでその場を去っていく彼女の背中を見つめながら、彼は寂しそうに手を振って見送った。

「行っちゃったねえ……」

 いつの間にか隣にいたキウヴォッカルが、何か含みのある声でそう呟いた。

「……いいさ、キエリエスは強いしまた会えるよ」

「あなたが死ななきゃね」

 そうだな、と遠のいてゆくキエリエスの小さな体を見送り続ける。死ぬものか、決して。死なせるものか、決して。もう五十メートルは離れただろうかという距離で、それは起こった。


「あ?」


 彼の眼に映ったのは、背中から光の刃を生やしたキエリエスの背中と、彼女の背中から時間差で噴き出し始める銀色の液体であった。

 大きな光に貫かれた彼女の体は十メートルほど後ろに飛ぶと、地面にバウンドしてさらに十メートルは転がった。赤黒く固まった彼女の皮膚を染める銀色の液体に、サキュバスの血が赤ではないことをしるヘクゼダスであったが、その体は思考よりも早く弾丸のように駆け出していた。

「キエリエエエエエエエス!!!!!!」

 今までに聞いたことのないヘクゼダスの咆哮が、ギラメ城壁に響き渡った。森が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。

「キエリエス!!!何が!!!何てことだ!」

 動かない彼女の体は、大柄の彼の腕の中にすっぽりと収まるほどに小さくそして暖かかった。

「敵襲ーーーーーーーー!!!!!」

 遅すぎる警報、悪魔たちは敵の現れた方向をすぐさま察知し、そちらに殺意を向ける。数百体の悪魔たちの視線の先には、ヘクゼダス達の見覚えのある男が立っていた。

「お前たち悪魔はこの俺が必ず根絶やしにしてやる……」

 髪を乱してただ一人そこに立ちはだかるは、勇者ティリスその人であった。彼の放った強力な攻撃魔法ザルマガード・セルはキエリエスの体をまっすぐ撃ったのだ。最初から彼女を狙っていたわけではない、ただ転移魔法を使って飛んできた際、前方にいたからだった。

「バグラボス エルガビューラ ゼイ クラオボウラ!」

 ハーメンがすぐに部下に指示を出しキエリエスの回収に向かう。

「キエリエス、キエリエス!!死なないでくれって、だから死なないでくれって言いたかったのに!あと少し号令が遅けりゃこんな……!!!」

 ヘクゼダスの悲痛な叫びは、ガイウスト達にもわかった。彼がキエリエスを好いていることくらい誰にでもわかることだ。悪魔だって感情もあれば他者の心を理解だってする。それに、キエリエスは知った仲だ。知り合いが傷つくのはやはり気にかかるというもの。

 腕の中のキエリエスの体はまだ十分に暖かい。だが光の刃が刺さったままの彼女の体は酷く傷つき助かる見込みも今はまだわからない。彼の腕から医療部隊の悪魔たちがキエリエスを運んでいくのについていくが、他の悪魔から引き剥がされてしまい、彼女の傍にいさせてはもらえなかった。その怒りで彼は引き剥がした悪魔をありったけの力でぶん投げる。幸い投げられた悪魔に怪我はなかったが、ヘクゼダスのリミッターはばっさりと切られてしまっていた。眠れる転生悪魔の力が呼び起こされようというのか……

 彼の瞳が、淀む。

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