第六十一話 血管に
道中人間に遭遇することも無くヘクゼダス達は無事ギラメ城壁裏の野戦病院へと後退した。病院が近づくにつれ、ちらほらと他の部隊の悪魔たちも姿を見せるようになり、彼らの多くは酷く傷ついていた。四肢の一部が欠損なんて珍しくはなく、頭しかない者や逆に頭だけない者、上半身と下半身が真っ二つになっている者もいた。何故彼らが生きているのかはわからなかったが、左右で真っ二つにされても尚生きている悪魔を見てヘクゼダスは考えるのをやめた。
水晶漬けにされたサイカを見る悪魔たちの眼は皆驚きと疑問に満ち溢れていた。理由は今までこのようなことにされた悪魔を見たことがないということ、そしてサイカもの悪魔がやられたという
二つの事柄のためであった。それだけに、サイカの強さは定評があるということなのだろう。
「ハーメン、サイカを見てやってくれないか」
城壁裏の一角にとりわけ負傷兵が集まる建物に入ると、コッフェルニアがすぐ近くで千切れた足を悪魔にくっつけている悪魔に声をかけた。ハーメンと呼ばれた悪魔はおもむろに振り返ると五対もの目をぎょろつかせてサイカをじっくりとねめまわした。それぞれ十個の眼は独立して動き、時にぐるりと白目をむいたりしているがどうやら後ろすら見えるようで、ヘクゼダスは目を細めた。
「アルグバ ゼリャグ デリュドーランンドン ヴァロー ホースライ キロン クウ アリヴォラボバロウ ヴォヴォヴォ」
まったく何を言っているのか理解できない。ただわかるのは実に背筋が凍りつくような音ということと、最後のヴォヴォヴォは笑っているのだということだった。何故笑っているかわかるかというと、目を一斉に細めて手をすり合わせて上機嫌そうに体をゆすったからだ。
「こいつ誰だ」
ヘクゼダスがキウヴォッカルに耳打ちする。
「ギラメ城壁第一休息所の部長だよ。つまりここで一番偉いお人」
「なあるほどねえ」
まあなんとなくわかる。
「ガルヴォラクラ ガゴゴ アルグブル ゲルジュ サイカ フォルグーガン」
(今サイカって言った?)
ハーメン部長はサイカの体を三本の腕で優しく何度も触れる。もう呪術でも施しているのだろうか、それとも触診だろうか。ヘクゼダスはサイカかキエリエスに触診したいと思いながらも黙ってその様子を見守る。やがて手を離すと、ハーメンは近くのヴィヴェルに何かを命じると、そのヴィヴェルが帰ってくるのを待った。その間他のヴィヴェルやフィタニアなどがヘクゼダスたちの傷ついた体に応急処置を施していった。
腕にスライムのようなものをまきつけられながら思う、この戦いはいつ終わるのだろうか、まだ始まって数日しか経過していないが、全体像を知らないために今優勢なのか劣勢なのかすらもわからない。恐らく負けるとは思えないが、それでもやはりあの勇者達のような存在を考えると、一筋縄にはいかないような気がした。もっと強い悪魔が出てくれば、沢山の悪魔たちが死なずに済んだろうに。
「ガクオイア」
ハーメンが呪術を唱えながら手のひらでサイカの表面をなぞっていく。彼の手のひらが通った後は虹色の光がサイカの表面を包み、それが消えるころには……
「……治ってないぞ」
ガイウストが呟く。サイカは先ほどと変わらず水晶に包まれたままだった。唖然とするヘクゼダスに対し、ガイウスト達は極めて冷静に表情を変えることなくその様子を見つめていた。まるでこうなることを最初からわかっていたかのように。
「グロウブ チュース フェルタマーヲ シウ シジュラポウラ……」
ハーメンはというと、頭を一回転させるやサイカを放って先ほどの業務に戻ってしまった。
「やはりあの人間に戻させるほかないらしいな」
ガイウストは右腕の毛繕いをしており、サイカの方を見向きもしない。コッフェルニアもキウヴォッカルと話しており驚くそぶりも落胆すらも見せず、悪魔というものの薄情さを覚えたヘクゼダスであった。
「何してるの?」
そんな折に聞き覚えのある愛しい声が背後からかかり、半ば反射的にヘクゼダスは笑顔で振り返った。
「キエリエス!」
「おひさ~」
戦いの間何度も会いたいと思いを馳せていたあのキエリエスが、突然自分の前に現れたものだから彼はしどろもどろになりつつもわたわたと全身が喜びを隠しきれていないようだった。
「怪我したの?大丈夫かな」
と、キエリエスは同じようにスライムみたいな物体を巻かれた腕で、ヘクゼダスの体をなぞった。
「おひっ、えっあっその……だ、だいじょぶ……ッス」
そのしなやかな指で体を触られたものだから、ヘクゼダスの神経は興奮し気持ち悪い声で鳴くのだった。




