第五十二話 我が胸に誇りあり
騎兵隊第一陣が死の風のように木立を駆ける。彼らは優秀な誇り高き騎兵でありその力は実に強大なものである。そしてプライドが高いゆえに今回の任務も全力をもって望む所存であった。例えそれが相手がたった六人程度の人間たちであったとしても。彼らはわきまえている、そのような自分たちの力を持て余すような任務だとしても油断をしない、必ず理由があるのだとおごることはない。故に、この攻撃も決死の覚悟で相手を殲滅するつもりであった。しかし、彼らの決意では彼らを打ち倒すことはできなかったのである。
「オーラリア・セルフェーネ!!」
三百メートルほど向こうで、女の叫びが聞こえた。第一陣の指揮官、山羊頭のゴルフォーリアはその呪文を知っていたために、それが耳に入るや否やすぐさま部隊を左右に全速力で展開させた。彼の記憶が正しければ、これはエルフ独自の呪文であり、対悪魔用に最大の真価を発揮するという忌々しい呪文だ。そしてこの直後に起きるのは、無数の光の槍の襲来である。そして彼の予想通りに二メートルはあろうかという長さの光の槍が数百本も向こうから放たれ第一陣を襲った。三十八騎の騎兵は高速で回避行動に移ってはいたものの、それでも七騎が間に合わず貫かれてしまった。時速にして八十キロもの速度で走っていた騎兵に正面あるいは側面からそれよりも遥かに勝る速度で槍が直撃したため、悪魔たちは木に打ち付けられると同時に体を四散させていた。
「ええい!!」
ゴルフォーリアは手を大きく振ると、他の騎兵たちが指示された通りに陣形を組みながら移動する。この時既に第二陣、剣騎兵が走り出しているはずだ。
(見えた!!)
騎兵の眼に目標が映る。と、同時に矢が立て続けに三本、それぞれ一本ずつ三体の騎兵に放たれた。それらは彼らの軽量で強固な胴当てを易々と貫いてあまりある威力で背後の木を倒した。
「ただの矢ではないな」
その通り、先ほどの矢には鎧貫きの能力が込められており、騎兵隊の鎧すらまるでゼリーのように簡単に貫通してしまったのである。少なくとも魔法使いのエルフと弓の名手がいることはわかった。それに前情報で鎧の騎士と魔法を使いこなす勇者がいることはわかっている。ただ残りの二人がいまだ判明していないのが不安の種であったが。
「ゲルブ、オットル、残りの二人を探せ!!」
ゴルフォーリアは二体の騎兵にそう伝えると、陣形から名を呼ばれた騎兵が離れ別方向へと疾走していった。彼らが視たものはそのまま司令部へと伝えられすぐに情報は軍全体へと伝えられるだろう。
彼は勇者と騎士、弓使い、そしてエルフの位置を察知し攻撃を命じた。
「かかれ!!」
もう敵は目と鼻の先、騎兵たちは凶々しい雄叫びを上げながら突進した。再びエルフの魔法と矢が飛んで来て、騎兵たちを次々と撃破していくが彼らは振り返ることなくまっすぐ目標へと向かった。決して振り返らず、ただひたすらに駆け敵を蹴散らす。それが彼ら騎兵の掟であり、誇りであった。
「やああああーーー!!!!」
肉眼に敵が映った。次の瞬間、直径一メートルもの火球が真横をすり抜け、後方の騎兵を一瞬にして消し炭にした。ゴルフォーリアの鎧の右側も、その僅か一瞬の熱で軽く歪んでいた。その火球の主を睨みつけると、そこには予想通り勇者がいた。
金のエングレーブが施された煌びやかな鎧に身を包んだ彼は、鋭い眼差し、硬く結んだ口でこちらを見据えていた。騎兵隊が風のように彼らを飲みこんだ。並みの勇者たちであれば、この攻撃で貫かれ、馬の蹄に骨を踏み砕かれていただろう。だがこの勇者たちは違った。強固な防禦魔法によって騎兵隊の攻撃は受け流され、対して騎兵はその防禦壁の内側から放たれる攻撃によって次々と切り裂かれ、馬から放り出されそのままの速度で森に叩きつけられ絶命していった。
「あり得ない……いくらなんでも、ありえん!!」
無事通貨できたゴルフォーリアは戦慄していた。誰も今回の任務で油断などしていなかった、にもかかわらずこちらの攻撃は通らず逆に半分以上の兵がただ一度の攻撃で失われてしまっていたことに、現実を受け入れられなかったのだ。
「エルケム陣、かかれ!!」
次の陣形に素早く再編成し、再度の攻撃をかける。これは長い列になってただ一人を狙う陣。部隊が少数で尚且つ少数の敵を攻撃する際のみ使用される陣形だ。この陣形を使うのは彼の騎兵生命の中でも初めて、いや二度目のことだ。前回使ったのはもう二百八十年は前になる。そこまで追い詰められていることに焦りを感じていたゴルフォーリアは、なるべく冷静に攻撃を仕掛けようと努めた。だが、勇者たちはそれを許さなかった。今度は魔法攻撃も矢も飛んでは来なかったものの、彼らの目の前に現れたのは勇者と騎士、ただ二人であった。二人はそれぞれ盾と武器を構えこちらを向いている。
(僅かに二人で止めようというのか!!)
一層速度を上げ吹き飛ばすつもりであったが、攻撃の瞬間彼の体は馬の首もろとも真っ二つに両断されていた。
「あああっ…………!!」
痛みもなく、その鋭い太刀筋に彼は感嘆した。直後、彼の体は地面に叩きつけられ、木の幹に衝突するまで地面を転がっていた。彼を両断したのは勇者の剣であった。彼の剣は更に後ろの騎兵五騎をも切り殺していた。一方騎士はというと、雷をまとった一撃を放っており、そのたった一発で騎兵たちを焼き殺してしまっていた。地面には切り裂かれた騎兵の死体と、焼け焦げた死体が散乱していた。
「やりすぎっていうか、魔力はもつの?」
その光景を木陰で見ていた弓使いは死体を踏まないように気を付けながら二人に歩み寄る。その眼は呆れたように二人に向けられている。
「大丈夫さ、ジーティがいるしまだコンパムポーションも沢山あるからね」
勇者は先ほどとは一転笑顔で振り向くと、剣と鎧に付着した血を布切れで拭った。
「ジーティに頼りすぎるのもどうかと思うけどねえ、ね、ケスリー」
彼女がそう話を振ったのは騎士の方である。ケスリーと呼ばれた騎士は木に背中を預けるようにもたれかかると、槍を地面に刺した。
「そうだな……彼女は優秀だが負担が彼女にかかりすぎるというものであってそれをライオクは理解する必要があると彼女の意見にも賛成ではあるな」
「ケスリーがそういうなら……わかった少し控えよう」
「でも」
そう言って出てきたのはエルフ、ジーティという名の少女である。彼女は長い赤髪を複雑な三つ編みにしている。それも彼女曰く魔法を使うのに重要なことなのだというが、エルフでない者にはいまいち理解しがたい話であった。
「マヨルドロッタ城は近いし、今はミンガナス王国とも戦争をしているのだから悪魔たちは強力な軍団を出してきているわ。こちらも手を抜かずに本気で挑まないとすぐこうなるの」
そう言って彼女は周囲に散らばる悪魔たちの死体を見渡した。弓使いの女はバツが悪そうに顔をしかめるとどっかと地面に座りこんだ。そんな空気を悪化させないようにか、勇者は慌てて話を変えた。
「それよりピリィ、ホルスとメルゲーンは?」
「さあ、もうすぐ来るでしょ?」
弓の名手ピリィは彼の方も見ずにそっぽを向いて投げやりに答える。勇者はハハハと気まずそうに笑うと既に綺麗になっている剣を磨いて掃除をしているふりにいそしんだ。




