第五十一話 騎兵隊、前へ
「この川を渡ると、先はリクネ旧街道だ」
キッチ沼より東に、そしてその後南西へと移動していたヘクゼダス達第十一突撃部隊は、第二突撃部隊と合流し美しく澄み渡った川の前に集っていた。リクネ旧街道は、かつてこの近くにあったペレネ港と各地を結ぶ重要な街道であったが、マヨルドロッタ軍によって悪魔の支配下となってからは、彼らの輸送路の一つとなっていた。それから更に南西へ進むと、そこにはモリトゥンの森が広がっている。つまり、この先にあの勇者たちが待ち構えているかもしれないのだ。
「なんでわざわざ死にに行くような真似をしなきゃいけねえんだよ」
不満たらたらなヘクゼダスが、しゃがんで槍の石突で地面をほじくり返していた。
「命令だから、としか」
そう答えるサイカは、特に変わった様子もなくいつものように飄々としているようであった。そんな彼女の自信というか、心構えは一体どこから来るのか心底悪魔という存在が不思議でならなかったヘクゼダスであった。
「臭うな」
ふと、ガイウストが鼻をひくつかせそう言った。周りでも数体の鼻の利く悪魔たちが何かの存在を察知したらしく皆同じ方向に顔を向けていた。
「臭うって……まさか」
こういう時、この「臭う」は臭気のほうではなく、敵の存在を察知したというパターンと、相場は決まっている。しかしどうしても認めたくはない彼は、無駄な希望を抱いて尋ねた。
「奴らだ……五分ほど先にいやがる」
「ああやはり!!」
深く槍を地面に突き刺すと、それでもなお現実を認めたくないとばかりに顔を手で覆った。
「だがその前に他のが来てる……」
「他あ!?」
まさか他にも勇者様ご一行が存在しているのか、と絶望する。ただでさえおぞましい勇者どもが六人もいるというのに、更に別の勇者と戦わなければならないと思うと、最早生きる希望すら奪い去られたように感じた。だが、これは彼の早とちりによる勘違いであったようだった。ガイウストが眉間に皺を寄せてこちらを変な目で見ているので気づく。
「違う、これは……サイカロスだ」
「え?」
一斉に他の悪魔たちが後方を振り返るのに釣られ、彼も後方の森を勢いよく振り返った。
「……」
最初は何もいないじゃないかと頭を傾げていた彼であったが、すぐに耳が地響きのような音を捉え始めた。地震か、いや違う。どんどんその地響きは近づいてきている、そしてその正体が姿を露わし颯爽と駆け抜けていった。
「すっげえ……」
それを見たヘクゼダスは、あっけにとられただ口をポカンと開けて眺めているしかできなかった。
「あれが我らがマヨルドロッタの騎兵隊だ」
と、コッフェルニア。彼ら突撃部隊の前に現れた地響きの主は、百を超す数の悪魔の騎兵部隊であった。それらは皆巨大な馬に跨っており、多種多様な容姿をしている悪魔にしてはかなり見た目が統一されているように見えた。皆人型で同じくらいの背丈、腕も二本から多くて四本までしかなく今まで見てきた悪魔と同じようにはなかなか思うことが出来なかった。それは彼らが跨っている馬も同様で、毛色の違いくらいしか馬には違いが見られず、馬も騎手も皆一様に鎧を身に着けていた。そんな中、ヘクゼダスはあることに気づいて仲間に尋ねてみた。
「前の方にいた奴は槍みたいな装備だけど後のは剣装備だよな、あ、弓矢も……」
最初のほうのは一瞬で過ぎ去ってしまったのと驚きとであまり見ていなかったが、確かに編成の違いがあるように見えた。それにはコッフェルニアがわかりやすく教えてくれた。
「前列の槍騎兵がまず敵陣にくさびを打ち込む、そのあとそこに開いた混乱から剣騎兵がなだれ込み中から敵を崩す。そして弓騎兵が外に散っていく敵を片付けていくといった戦法だ。ま、基本の戦術だがな」
なるほど、それならわかりやすい、と納得できたヘクゼダスであったが、疑問が一つ浮かんだ。
「でも、それは大軍と戦う時だろ、でも相手は数人じゃないか」
「過剰だ、と?」
「いや、そういうんじゃなくて……ああ、そうだ。そうそう、その大軍相手の戦術はいくら強くても少数には使いづらいんじゃないか?」
「へえ、珍しく冴えたこと言うもんだね」
サイカの皮肉にどこかヴェッチェを感じながらも、彼はコッフェルニアに尋ねてみた。すると彼は恐らく笑顔で頷いて曰く、
「当然だ、あれはあくまで基本戦術を述べたに過ぎない。詳しい作戦なんて知っているわけがないだろう?」
屈託のない声色でそう答えた彼に、ヘクゼダスは何も言うことができずにただ、それもそうだな、と頷くしかできなかった。そりゃこんな下っ端に教えてくれるはずもないよな、と自分の立ち位置を改めて認識してちょっと悲しくなったヘクゼダスであった。
「しかし」
とサイカ。
「あれでどれほど効くのかな」
「どういう意味だ」
サイカの言葉にコッフェルニアが反応する。その声には少し怒りが混じっているようだった。
「別に侮辱ってわけじゃないよ。たださ、いくつもの部隊を潰してきた連中に騎兵隊がどれだけ効果があるのか知りたくてね。純粋にさ」
「そうか……」
そう呟いたコッフェルニアはひとまず怒りを鎮めたのか、深くため息をつくと騎兵隊が消えた方を見た。通り過ぎさりし蹄鉄の地響きにまだ乱れは聞こえない。そしてその二十秒ほどのち、不協和音が奏でられた。
爆発、炎、光の筋、野太い叫び声。それはニ十分間に渡って繰り広げられたが、いつしか消えてしまった。その隙に二つの突撃部隊はステン川を渡り包囲する形で展開し勇者たちを取り囲んでいった。まず第二突撃部隊の攻撃があるため、彼らが前列に構えている。その百メートルほど後方に第十一部隊がいつでも仕掛けられるよう控える形だ。
彼らが森を歩いていると、少しずつ周囲に騎兵隊の残骸が散らばっているのが目に付くようになっていた。鎧、武器、馬、そして騎兵。彼らの一部や亡骸が点々と森の奥へと続いている。少しずつ迎撃で脱落した者もいたようだったが、ヘクゼダスは、いや多数の悪魔たちがこの先に待ち受ける存在に嫌な予感を覚えていた。これ以上進んではいけない、そんな悪魔の第六感が働いていたにも関わらず彼らが進んだのは、命令故のことであった。命令には逆らえない。
そして彼らが見たのは、悪魔であった。