第五話 ジュル
幾つものドアが連なる一本の狭い廊下を抜けると広い廊下にでた。そこに行きかっていたのは人間ではない、あきらかに異形の者たちであった。ゴブリンのようなものや蜘蛛の化け物、いくつもの動物を組み合わせた見た目を持つもの、そういったファンタジーというといささか語弊があるだろう、上手く言うとしたら、西洋の神話図鑑に挿絵で載っているようなおぞましいなりをした者たちが、目の前を悠然と行きかっているのだ。
「フラー様」
しわがれた声が彼の足元から聞こえてきた。そのまま視線を下すと、足元に1メートルぐらいの猫がいた。猫にしては大きいが今の彼からしてみれば小さいことには変わりはない。猫は銀色の毛並みをしており、目は美しいエメラルドのように輝いている。だがやはりこれも悪魔であるらしく、頭頂部に一本の角がそびえており、後ろ脚はよく見ると鳥のように細く鱗で覆われていた。
「ギゼ、これからステフェ様にご謁見しに参るところです。これはアグログアール。元人間です」
するとギゼと呼ばれた化け猫は品定めするように、彼を頭のてっぺんからつま先まで品定めするように何度も見まわした。そして足のにおいを嗅ぐと小さく鼻で笑った。
「第7等級ですか。まあヴィヴェルでなかっただけ皇帝陛下もとんでもないご配慮をなさったようで」
「ヴィヴェ……なんだって?」
失礼だなこの毛玉野郎は、とののしりたい気持ちを抑えて引っかかった言葉を聞き返した。その答えは代わりにヴェッチェが教えてくれた。咳ばらいを一つ。
「我々には将軍だとか部隊長だとかそういった階級がそれぞれ定められていると同時に、等級もあります。下からエッゲガラ、ヴィヴェル、フィタニア、ジュル、グライバ、マール・クレヒト、ザーリア、カムラスロトル、ホーステア、そしてシセリアナク。エッゲガラは一番低俗で単純労働を行うための被使役クラスです。敵を狩るだとか、食物を育てるだとか掃除だとか。そういった者たちには思考能力などいりませんし、使い捨てです。いくらでも代わりは作れますからね。それでヴィヴェルというのが……人間にわかりやすく言えば召使、ですかね」
ギゼとヴェッチェは歩き出す。ヘクゼダスは慌ててそのあとを追いかける。すれ違う多くのものが三人、特にヘクゼダスを注意深く見つめてきた。警戒をしているのか、見下しているのかはわからないが、反対にヴェッチェ達に対しては立ち止まって会釈をしたり、あるいは微妙に避けるように歩いていた。その者たちの目には、恐怖が見て取れたような気がするのは、気のせいだろうか。
「インプみたいなものか?」
「インプ……?人間はそういうのですか。わかりませんがヴィヴェルは少しの思考力と、命令を絶対順守するように作られています。だいたい虫や小動物から作られます」
恐ろしいことをいうものだ。もしかすると先ほどからすれ違っている小悪魔みたいなやつらのことなのだろうか。ちょっと待て。
「人間からは作られない?」
「ええ、人間を材料にするのはフィタニアやジュルといったところです」
「じゃあギゼ?だっけ、は俺をバカにしたってことか?」
ギゼはほくそえんで彼を見上げた。見上げられているのに、見下されている気分はなんとも言い難い屈辱な気がする。
「少しは頭が使えるようですな」
馬鹿にして!
「ということは俺はどれだ?」
「前言撤回」
「ジュルですよ。まあせいぜい前線兵士でしかありませんが」
「それはいいのかよ」
「戦いになれば一番に突っ込む程度の重要な役割ですよ」
それを聞き、腹が立つと同時にひどく落胆した。せっかく異世界転生して人間の体まで捨てたのに、まさか下っ端兵士だなんて。じゃあこの見た目は何なんだ。こんな図体をして中ボスクラスですらないと?
「これじゃあ見掛け倒しじゃないか」
「ご名答」
ヴェッチェはにやりと笑った。一発お見舞いしてやりたくなったが、どうせ返り討ちになるのは分かっていたため、やり場のない怒りに悩みつつ拳にこめた力を緩めた。
「それが賢明ですなあ」
ギゼがつぶやいた。心でも読む力があるのだろうか。全てお見通しというわけだ。
(窮屈だ)
彼は肩を落としため息をついた。