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第四十八話 襲来

 マヨルドロッタ軍に乱れが生じたのは戦争が始まってから一カ月のことであった。事の起こりは城の東北東にあるモリトゥンの森であった。本来はまっすぐなはずの種であるにも関わらず幹がねじ曲がった木や花が二重についた草などが生い茂るこの奇妙奇天烈な森は人間ならまず気味悪がって近寄らない土地だ。にも関わらずミンガナス王国はそこも侵攻ルートに加えており数万の兵が怯えながらも森を進んでいた。当然彼らもまた他の兵士同様に悪魔たちに弄ばれながら狩られていったのだが、ある時を境に人間の死者の数よりも悪魔の死の方が上回り始めたのだ。それはあまりに不自然であり悪魔たちからしてみれば予想だにしなかったことであった。

 そこで一旦攻撃を止めたマヨルドロッタ軍はいくらかの斥候を放ってみた。しかし彼らから送られてくる情報はある共通した条件を境にぷっつりと途絶え二度と帰っては来なかった。それは途絶える直前にどの者も皆兵士ではない人間を確認し接近したところであった。それから悪魔たちはある予測を立てるに至った。


 強力な勇者が森に侵入している


と。これは由々しき事態である。一応勇者クラスの人間を敵が雇う可能性については予想していた。しかしこれほどに強力なものは想定外なのである。通常勇者を倒すのには少し骨を折るが、気を付けてかかればたいしたことはない。が、今までのことから察するにこれは高い等級を持つ悪魔でなければ倒せないレベルの勇者であることは間違いない。最低でもマール・クレヒトかザーリアくらいの。兵士の多くはヴィヴェルからジュルまでで構成されており、わずかにグライバやマール・クレヒトが混成されているだけである。マヨルドロッタにはマール・クレヒト以上の等級を持つ悪魔はわずかに十五体、ステフェ、ヴェッチェ、ビエドゥ、ギゼ、リガウステッラ、そしてコルームント卿の他八体で現在戦場に出てきているのはマール・クレヒトのコルームント卿ともう一体ザーリアのポルジュラという呪術使いくらいであった。コルームント卿は現在東南東に向かって進軍中でありポルジュラもまた南部で任務に就いている。勇者たちを倒すには誰かもう一体は少なくとも上級悪魔に出てきてもらう必要があるが、出てくるかはわからない。悪魔は気ままな性質でそれは位が上がると顕著となる。戦場に出るも出ないも彼らの匙加減というものであった。

 そして現在も悪魔たちが狩られていた。

 二百体もの悪魔を擁する第六防衛師団所属の中隊が、たった六人の人間によって今まさに壊滅させられんとしていた。

「はああっ!」

 煌びやかな鎧を纏った騎士の槍が、鋼より硬い鱗を持つ悪魔の腹を、まるでバターのように容易に貫いた。

「ば、バガな゛あ゛あぁぁ……」

 自分に起きている出来事を理解できないままに彼は地面に臥した。その頭を踏み潰すと騎士は飛び掛かってきた三体の悪魔を不思議な力を使って薙ぎ払った。騎士が兜の向こうでぼそぼそと唱えると、槍全体が光をまとい、触れた悪魔の体を灰へと変えた。三体は自分が死んだことすら知らずに風に流され森に飛び散った。

「他愛もない。悪魔め」

 低い声でそう吐き捨てると、次の悪魔を殺しに向かった。その隣にいた魔術師のエルフが急いで後を追う。

「早いってば!」

 長いローブが邪魔になって、蔦や太い根が這う盛の地面を上手く走れない。騎士の方に注意を向けていた彼女のがら空きの背後を、悪魔たちが見逃すはずがなかった。豹の上半身にトカゲの下半身と四本の獅子の尾を持つ悪魔が、木の上から彼女の背中に向かって飛び掛かる。鋭利な爪がエルフの柔肌を切り裂き、鮮血が森を潤す筈であった。悪魔の爪が彼女に触れる一メートルほど手前で見えない壁に阻まれてしまった。

「ぐ、ぐうう……き、キリムエか?」

 その効果にキリムエの障壁を想起するが、あれは滅多に使えるものでもない。それにあれはあくまでも壁であり、先ほどのようにぶつかっても痛みだけで済むはずである。それなのに彼の体は酷く疲労していた。まるで体力を吸い取られたかのように。

「残念ね、キールマーゲントの術なの。触れれば体力を吸い取るから♪」

 何事もなかったかのように振り返ったエルフは、人差し指を立てて笑顔でそう告げた。悪魔にはない術、彼はすぐにエルフの術だと気づき、飛び上がって立ち上がると急いで距離を取った。

「小賢しいヴァルフェグ(※1)め!」 

 腕に対呪術の力を込めると、まるで弾丸のようにエルフめがけて飛び出した。この術を使えばいかなる術も効力が弱まるのだ。が、彼がキールマーゲントのバリアに到達する前に、彼の体は突然地面に叩きつけられた。

「っがあああ!!いでええ!!!」

 いくつかの骨を折った彼は痛みにのたうち回ることすら出来ず地面に固定されていることに気づく余裕もなかった。彼の体は植物によって地面に縛り付けられていたのだ。そんなことはどうでもいいとばかりにエルフは歩み寄るとこうささやいた。

「クーリス・タオルント」

 刹那、悪魔は木の根や蔦に体中を覆われ、圧縮され始めた。骨の砕ける音と肉の弾ける音が、覆いの中で鳴り響いていたが、エルフは既に背を向け去っていた。


 

※1 ヴァルフェグ:悪魔の言葉でエルフのこと。エルフ自体はこの世界で人間からはコルシスと呼ばれエルフは自身をトゥートリットと呼ぶ。

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