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第四十三話 セイケビエント

 ここで一旦焦点はキエリエスに移る。普段は彼女はマヨルドロッタ城で治安維持部隊として活動しているのだが、戦争が起きた際には臨時的に戦闘部隊として組み込まれ前線に赴く。まだ生を受けて四十年ちょっとである彼女にとってはこれが初めての大規模な戦闘になるため、彼女は非常に期待に豊かな胸を更に膨らませていた。

 彼女が配置されたのはコルームント卿という悪魔伯爵が率いる高速強襲部隊で、その名の通り素早く敵を襲撃して去るという一撃離脱戦法のようなものをとる部隊である。だが一撃離脱とはいうが、実情は素早く敵を全滅させることを任務とするため、彼らの通った後には子供一人生きてはいないというものであった。その部隊の性質上、部隊は少数で狙う獲物もまた同様に短時間で片付けられる程度の規模のものしか狙わないのである。大部隊とやりあう危険性は少ないが、支援も見込めない。てきぱきと動ける者にしか務まらない、そんな部隊であった。そんな特殊な性質を持つ部隊に配属されたということは、彼女はそういった悪魔ということの証明にもなる。これもある意味悪魔の証明といったところか。

 キエリエスは城の東部にあるクレイオンの暗き森の木の枝に腰かけていた。年中薄暗くどこかおぞましい形状をした木々が生い茂るこの森は、まともな感性を持ったものなら猛獣すら近づかない。故に人間たちからは閉ざされた森と呼ばれていた。そんな森にも、ミンガナス王国の軍勢は足を伸ばしていた。

「キエリィ、貴女大丈夫?戦いと戦争は違うのよ?」

 頭上で腰かけているキエリエスに親しみを込めて愛称で話しかけるのはコヴェという彼女と馴染みのある悪魔である。彼女は馬の胴に凶悪なエビの上半身を生やした悪魔である。彼女は初めて戦争に参加する彼女を気にかけており、いつもはニコニコと笑顔を絶やさない彼女が今日はとても静かなために心配になっているのであった。

「コヴェか……大丈夫だよ。私お城で治安維持だってやってるし戦いはフラー様が訓練してくださったんだから。少なくともヘクゼダスより上手くやれるって」

「ヘクゼダスはそりゃ……素人じゃない。それにあの子にはサイカやガイウストだってついてるし。でも貴女は自分のことは自分で守らなきゃいけないのよ。私だって貴女の面倒を見切れるほど万能じゃないわ」

 少数精鋭であるため味方の支援は望めないし、できない。また彼女の戦闘力はヘクゼダスを上回るものの他の歴戦のものたちと比べれば二人は五十歩百歩なのである。

「ちょっと緊張してるだけだから……気にしないで」

 そう言って笑って見せる彼女の顔は、いつもの彼女の屈託のない笑顔であった。

 彼女は自分でもなぜこれほど自分が怖気づいているのかが理解できなかった。今日のこの日を楽しみにしていたのに、怖くなんてなかったのにどこか気を張っている自分がいることがまったくもって理解できずに困惑していた。

(落ち着いて、素早く狩る。素早く、狩る……)

 目を瞑って呼吸を整えている矢先、コルームント卿の逞しい声が出撃の合図を告げた。

「さあ、いで行かん!敵は二百に満たん些細な障害である!サイカロスのものならば全てを一撃のもとに葬り去るのだ!出撃!!!」

 キリムエが消失し、二十二体の悪魔が放たれる。数の差は実に九倍以上、だが戦闘力の差は実に五十倍の差を人間につけていた。

「ハハハッ!」

 矢の如く降るキエリエスの、目にも止まらぬ速さで繰り出される鋭い爪の一撃が、敵の腹を抉り取る。そのまま止まらずに次の獲物に飛び掛かると、顔面に食らいつき牙で骨ごと食いちぎった。血と肉と歯が飛び散り彼女の顔を赤く化粧する。

(やっぱり楽しい。狩りは)

 先ほどまでの不安が嘘のように取り払われていた。こうして弱い人間を圧倒的な力で殺していくのは実に楽しかった。彼女の殺しは実に無邪気で淀みのない美しく透き通ったものであった。屈託なきセイケビエント(※1)、キエリエス。それが彼女であった。

 

 その純粋さが、悪魔となる。

 

「やあっ!」

 しなやかな尾で首をへし折り、投げ捨て様に別の兵士にたたきつけ殺す。最早今彼女のその妖艶な青肌は赤黒く染まり、あちこちに白い欠片や臓物を引っかけていた。

「ふう……こんなものかな?アハッ」

 すべてのミンガナス軍兵士が息絶えた。その血だまりの上に、一人として欠けることなく強襲部隊の面々は立っていた。コヴェは地面に転がる無残な残骸を蹄で踏みつけながら彼女のもとに歩み寄る。

「良かった……杞憂だったみたいね」

 自身もその身を血に濡らしながら、彼女はキエリエスを抱きしめた。冷たい甲殻が彼女の柔肌に触れる。

「大丈夫って言ったでしょ!フフーン」

 グロッキーな姿をしているが、中身はやはりいつものキエリエスだった。戦いの中で精神が逞しくなったのだろうか。

「乗ってく?次行くみたいだから」

「……うん!」 

 促されるまま、キエリエスは彼女の提案を素直に受け入れ背中に飛び乗る。

「さあ皆の者、次なる舞台へ参ろうぞ。そして皇帝陛下と王に捧げん!」

 コルームント卿の後を悪魔たちが続く。彼らの通った後に、人一人生きてはいない……それが

※1 サイカロスの言葉でサキュバスのこと

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