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第四十二話 血の舞台

「今君は、ふんっ、ヴァールグラオラスは必要ないんじゃ、と思ったろう?」

「えっ、なんで」

 サイカが自分が思っていたことを見事に指摘したため、図星であったヘクゼダスはうろたえて戦いの最中ということを一瞬忘れてしまう。戦場での油断は命取り、彼は身をもって考えていたことが間違いだったと痛感する。敵兵士が一斉に矢を放ったのである。

「味方ごと!」

 悪魔と兵士たちは一緒くたに矢の雨を浴び負傷した。悪魔たちは多くが大した傷も負わずにすんだが人間はそうはいかない。鎧によって守られた者もいたが皮肉なことに人間の放った矢は悪魔よりも人間たちをより多く死傷させたのだった。

「うっぐうう、矢ってこんなに痛えのかよお……」

 そう呻くのはヘクゼダスであった。彼の強固な胸に一本の矢が突き刺さっている。運悪く少し弱いところに命中してしまったようだ。

「だから言っただろう」

 そういうとサイカは胸の矢に手をかけた。それを見て彼はまさかと思い彼女を見て懇願する。

「まってくれそれは絶対に痛いから頼む魔法か何かで抜いてくれあ゛あ゛あ゛!!」

 が、彼女は微笑みながら彼の頼みを無視して思いっきり矢を引き抜く。悪魔の絶叫が森に響くと同時に、黒い血がぴゅぴゅっと噴き出した。

「な、なんでええ……いってえ……」

「大げさな。勇者に切られた時よりはいいだろう」

「そりゃ、そうだが……ううう」

 血が噴き出すのは止まったが、血は薄く流れているし痛みは引かない。それどころか無理矢理引き抜かれたせいで矢じりが周りを引き裂いたために余計に痛みが増えている。

「さ、狩りは終わってないよ」

 サイカはそういうと何か大きなものを投げてよこした。それを見下ろすと、自分が抱えていたのは人間の胸から上であった。反射的に嘔吐すると、胃液が人間の体を鎧ごと溶かしてしまい、それが中途半端に溶けたためによりグロテスクさが増して彼はもう一度、今度は深くえずいて嘔吐し死体を地面に落とした。

「きたねえな……」

 見知らぬ悪魔が彼を横目で見てそう呟いたが、今の彼には聞こえていなかった。

「ほらさっさと潰すぞこいつら」

 先ほどまで戦いを楽しみにしていたガイウストだったが、今はあまり楽しくなさそうでどことなく作業的に敵兵を殺していっているのだ。

「どうした、楽しくないのかい?」

 そういうサイカはやはりいつも通り少しだけ微笑んだまま殺しを進めている。振り下ろされた剣を片手で受け止めるとそのまま握りつぶし、驚いて茫然としている相手を引き寄せるとなんと喉元に食らいついて、嚙む力だけで首をへし折ってしまった。口を離すと、彼女の口から真っ赤な血がぼたぼたと地面に垂れ顎や口の周囲を濡らしている。

「うわあ……」

 ドンびくヘクゼダス。こうしてみてばかりではいられないと、気を取り直して敵の相手をし出した。槍を構え直すとまっすぐ相手の腹や胸を貫くように突き出す。突き出して、突き出して突き出し続けた。重たい鉄槍は、重さと彼の力が相まって、対人には十分なほどに威力を発揮し次々と貫いていった。やがて戦闘が終わるころには、殺めた人間の数は二十に達していた。初めての大規模戦にしてはよくやったほうかもしれないが、両脇の彼らと比べると明らかに劣って見えた。

「俺は多分……四、五十あたりじゃねえか」

「私は……忘れた……」

 それでも、二人の本領はまだまだ発揮されていない。今回はヘクゼダスのお守りという役目があったのと、悪魔側も数が多く一人当たりの対応人数が少なかったためである。

「俺はもっと強い奴と戦いたいぜ」

 なんだかよく聞く台詞をガイウストが吐いている。

「強い奴って、どれくらい?」

 と尋ねると彼は少し考えて首を捻って言った。

「さあな、強けりゃいい強けりゃさ」

「戦闘狂って感じだな」

「そうか?」

「私はどうでもいいけどね」

「ふうん……」

 三体の悪魔が何気なく談笑している足元では、ズタボロに引き裂かれた人間たちの、千弱に及ぶ死体が散乱し、湿地帯の泥は水ではなく血をふんだんに含み、芳醇な血液と臓物の混じりあった死臭を漂わせていた。この狂気の惨劇場でこうして笑いあえるのも、悪魔の特権である。

 戦争はまだ始まったばかりだ。

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