第四十一話 乱戦
不意に、悪魔たちの喧騒が止み森は静けさを取り戻す。悪魔たちは自然と同じ方向を向く。一体何が起きたのかと口にする間もなくその理由を知る。すぐに何やら金属の擦れあう音や無数の泥を踏みしめる水音が東の方角より近づいてきた。直感で察する、人間だ、と。
皆一様に革と鉄の鎧に身を包んだ兵士たちが、まさにヘクゼダス達の目と鼻の先というところを通り過ぎていく。攻撃はまだかと内心怯えていると、何者かの手が彼を制する。その手の主はガイウストであった。彼はまっすぐ人間たちを見据えながらもヘクゼダスを気遣うように彼の腹に手を添えていた。
(落ち着け……俺……お前は今はもう人間じゃない。人を殺しても問題ないんだ、相手は地球人じゃなければ人間じゃない……そうだ、そうだ!)
手が槍を握る力を強める。兵士の列はどんどん通り過ぎ、遂には最後尾の補給部隊らしき者達が通過していった。
「まだか?」
不安げな面持ちで両脇の二人に尋ねる。
「合図をする。合図したら飛び出して私たちと一緒に目の前に槍を突き出し続けるだけ。それだけ。簡単だろう」
「簡単だな……簡単だ」
簡単に言ってくれる、と笑う。
空気が変わるのを肌が、悪魔の神経が敏感に気づく。突撃の時は近いだろう、彼は戦争映画で見たそう突撃を想像した。
(そういえばキエリエスはどこにいるんだろうか)
愛らしい彼女のことを思い浮かべると同時に、目の前のキリムエが消失した。刹那、この世を引き裂くかのごとき悪魔たちの怒声雄叫びが森に轟き、完全に不意を突かれた人間の兵士たちは腰を抜かし悲鳴を上げた。
「うおおおおおお!!!」
槍を腰だめに水気たっぷりの大地を蹴る。数百の悪魔たちが背後から人間たちに襲い掛かったのだ。襲われたのは後方の補給部隊であったこともあり反撃の手はずを整えるまでに膨大な損害をミンガナス王国軍は出してしまっていた。阿鼻叫喚の地獄絵図が、キッチ沼の畔で広がっていた。
「うおお!」
訓練を思い出しながら槍を相手目がけて突き出す。が、相手はそれを盾でうまく受け流して懐に入り込むと剣を彼の腹めがけて一閃、薙いだ。
「うわヴァールグラオラス!!」
咄嗟の防御呪文が刃から彼の腹部を守る。小さな魔法陣が刃を受け止めたのだ。
「ん!」
一瞬驚いて見せる兵士だが、すぐに魔法の類だと気づくと、今度は返す刃でもう一度切りつけようとするが、ヘクゼダスは膝で蹴りあげて兵士を数メートル向こうへと吹っ飛ばした。
「お、おお……」
自分でも今の防御からの反撃はよくできたものだと感心していると、どこかから飛んできた盾が彼の顔面を直撃した。
「あいで!!野郎!!」
そのまま盾をつかむと力任せに兵士たちの塊に向かって投げつけた。フリスビーのように高速回転する盾はその回転を停止するまでに五、六人の人間を切り裂いたが、投げた本人は既に別の兵士の対応に追われていたために知る由も無かった。
「二対一なんて卑怯だぞ!あ、三!」
二人もとい三人の兵士に襲い掛かられたヘクゼダスは、一人目の剣を槍で受け止めたが二人目三人目の剣を防ぐことができず左腕と右足を力いっぱい切りつけられてしまう。
「いたいいい!……あ?」
とてつもない痛みを感じるはずだった。だが感じるのは皮膚に板状のものがぶつかった感覚が二つ、あるだけだった。彼と同様に攻撃が通用しなかったことに兵士たちもまた驚き茫然としていると、左右から伸びてきた手が二人の頭を掴むと、兜ごとリンゴのように真っ赤な汁を飛ばしながら粉砕された。
「効くわけないさ、ただの人間の力で」
「お前はサイカロスだぜ?」
その主はサイカとガイウストであった。二人は手足がまだ痙攣している体を放ると、残りの一人を蹴り飛ばして説明してくれた。
「前にお前を切ったのは勇者だった。あれはそこいらの人間とは違って祝福を受けてたりただの剣を振るう動作にも術が込められていたりするんだ。術の一つも知らないような雑魚の刃、お前の皮膚が通すわけないだろうっ雑魚め!」
もう一人、敵の体を自慢の爪でズタボロに引き裂く。
「そ、そうか……」
ということは先ほどのヴァールグラオラスも必要なかった可能性があるということだろうか。




