第四話 新たな力
そんなに怒ることないじゃないかとは思ったが口には出さないほうが賢明だと判断した。
「これからしばらくの間はあなたと行動を共にしますので。くれぐれも言葉遣いや立ち振る舞いには気を付けますようご忠告差し上げます。本国にはあなたどころか私ですら簡単に灰にできるほどのお力を持っていらっしゃるお方がそろっていますので」
「え、本国?ここは?」
まさか先ほどの魔王のような奴はあくまで一地方の存在でしかないのだろうか。もしそうなら中心にいる魔族はどれほどの力を持っているのだろうか。彼は恐る恐るヴェッチェに尋ねる。すると彼女は一拍おいて思い出したかのようにこう言った。
「ああ、言ってませんでしたね。ここはあなたが召喚された本国中心ではありません。あなたのようなものが本国の城に置いていただけるわけがないでしょう。恥を知りなさい」
「ごめんなさい」
苦手だ。すぐ罵倒してくる。彼女はあからさまため息をつくと言葉をつづけた。
「ここはヘキゼスヘカリールと旧世界をつなぐ城、マヨルドロッタ。ステフェ様が治められています。ああ、ヘキゼスヘカリールとは本国のことですよ」
「旧世界?なにそれ」
「人間だとか、ヴァルフェグだとかみみっちい雑魚が住むうすらぼけた世界のことです。エッシャザール様がご命名なさりました。あちらは我々の世界を魔界と呼んでいるようですが」
「マジかよ……」
そちらのほうが良かったと彼は羨んだ。今からでも転生しなおせないだろうかと考えたが、あのエッシャザールとかいう魔王のことが頭をよぎると、そんな気などすぐに萎んでしまった。目の前にいるわけではないのに、常にあのおぞましい眼で監視されているような気がするのだ。
「ではステフェ様に謁見しますよ。ついてきなさい。アグログアール」
彼は彼女が手を取って立たせてくれることをにわかに期待したが、案の定彼女は踵を返しさっさと部屋を出てしまった。
(どうして俺ばっかり……)
悪態をつくと、彼はしぶしぶ立ち上がった。そこで彼は立ち上がってみて初めて気づいた。明らかに前よりも目線が高い。何というか倍くらいはある気がする。するとおおよそ3.5メートルくらいだろうか。なれない高さに、なかなかバランスをとることができず、手を壁につきながらゆっくりと歩く。手足の爪は鋭く伸び、肌は硬く鉄板のようだ。ふとお尻に違和感があることに気づいた。
「あ?え?」
尻尾だった。明らかに尻尾であった。細くしなやかなそれには、先にナイフのような形をしたものが生えていた。人間の時にはなかった感覚だが、自由に動く尻尾に感動し、彼は顔を綻ばせ(綻んでいるかはわからないが)新しいおもちゃを与えられた子供のように振り回して遊んだ。不思議と恐怖はなかった。
「何をしているのです!殺しますよ!」
怒声ともに重たい一撃が彼に加えられる。ついてこない彼に腹が立ったヴェッチェが戻ってきて一発拳を彼の無防備な腹に叩き込んだのだ。
「ゲゲゲ……ひお、ひどい……」
腹にも鎧のような肌がなければぶち抜かれていたかもしれない。彼は腹を抑えながら全身を震わせ立ち上がり、彼女についていった。部屋を出ると、そこには魔界が広がっていた……