第三十八話 目線の違い
「では盾はどうかな」
と、サイカが楕円形の巨大な盾を放ってきたため、ヘクゼダスは槍を取り落としてあわあわと盾をキャッチした。これもまた槍のように重たく、分厚い金属板が正面に張ってあった。人間の時ならば、抱えることすら出来なかったであろう。投げられた時点で恐らくつぶれていたに違いない。
「これは、どうすんだ?」
盾の裏側には持ち手のようなものは無く、腕を縛るためのバックルもベルトも見当たらない。身に着け方がわからず首を捻っていると、今度はキエリエスが見かねたように助け舟を出した。
「これは誰にでも使えるように決まった持ち方はないの。だからここに腕を当てて、こーうやって」
突如、キエリエスが彼の腕を持って、右下腕を盾に押し付けるように動かす。突然可愛い女子にボディタッチされたヘクゼダスは、挙動不審にびくついてどもる。柔らかな青肌の胸が、固い腕に押し付けられもう興奮やら緊張やらで、心臓も頭も爆発してしまいそうになっていた。
「これしたら、はい左手出して」
促されるままに左手を差し出すと、今度はそちらも手に取って指先を盾にくっつけた右腕の両側をちょんちょんとタッチした。するとどうだろう、驚くべきことに革の部分からベルトが二本飛び出して腕をしっかりと盾に結びつけたのだ。
「わああ!」
先ほどまで固定されていなかった盾が、一瞬で彼の右腕に縛り付けられていたのだ。
「ほら、私たちっていろんな姿がいるでしょ。だから決められた固定具とか付けちゃうと持てない子とか出てくるの。だからこうやって誰にでもつかえるようにしてるんだー」
と、キエリエスは得意げに話して見せた。
(なるほど、魔法なのか……なんだっけか、ユニバーサルデザインとか言う奴か?)
そんなことも習ったなあ、と昔を懐かしんだ。最早、彼にとって人間だったころは既に昔となりつつある。実際の時間はそこまでではない。が、この悪魔の世界の空気と体が、感覚を狂わせていく。
「それと、これ」
もう一つサイカが投げて渡したもの見るなり、ヘクゼダスは驚いて勢いよく後ずさりした。
「うおおお!」
金属音が響き、何体かの悪魔が彼らを振り返った。
「避けたらだめだろう」
「避けるに決まってる!」
そう声を荒げる彼の足元に転がっているのは大きな剣であった。両刃で刃渡りは二メートルほどのそれは、鈍色に輝きながらもよく手入れをされているようで、欠けている様子も、血のこびりついた様子もなかった。
「切れたら危ないだろう!」
「柄を取ればいいだろう。それにそれはそこまで鋭くない」
「鋭くない?は?」
鋭くない剣に何の意味があるのだろうか、すると彼女は納得のいく理由を簡単に説明してくれた。
「こういった大型の剣は相手を鋭さで切断するのではなく、重さで叩き潰すないし無理矢理叩き切るためのもの。鋭ければその分刃が欠けたり研がなきゃいけないとかあるだろう?とにかく刃物というよりは鈍器と思ってくれれば」
「へえ……」
剣なのに殴るという考えは今まで持ち合わせてはいなかった。刃があるのだから、切らなければいけないというわけではなく、金属の塊という視点らしい。いろいろな考え方、物の捉え方があるのだと学んだ。
「よっこいしょ……っと。重いな」
といいつつも、彼は難なく地面に落ちた剣を拾い上げ、高く掲げた。確かにこの重さなら鎧なんて関係なしに相手を両断できそうだ。
(ああ、叩き切るってそういう……)
ふと漫画のワンシーンが浮かんだ。右腕で盾を構え、左腕で剣を何度か閃かせる。
「どうです、どちらがお好きで?」
「そうだな……槍の方が好きかもな」
剣だと盾が腕に固定されてなんとも使いづらい。槍なら離せば両手は自由になるし、両手なので精密さには分がある。
「では、槍にいたしましょうか」
フィーリアが腕から盾を外すと、剣を置き再び槍を取った。
「ん、こっちの方がやはり扱いやすいな」
「かもね!」
「じゃあ槍で決まりだね、それじゃ槍の訓練と行こうか」
「わかったよ」
フィーリアに片付けは任せ、三人は再びキリムエに戻って訓練を開始した。ヘクゼダスは槍で敵をばったばったとなぎ倒す自分の姿を思い浮かべながら、キエリエスから槍の扱い方を学ぶ。戦いは目前に迫っている。付け焼刃となるだろうが仕方がない。とにかく生き残りさえすればあとはどうにでもなる。