第三十六話 備えあれば
「もう少しなんだけどなあ」
顔から煙を発してぶっ倒れているヘクゼダスを見てガイウストはぼやく。呪術を使えない彼でも、ヘクゼダスのヴァールグラオラスは完成間近ということくらいはなんとなくわかる。コクストーやサイカから聞くにも、決して才がないというわけではないようだ。つまり問題はただ一つ。
「……どんくさいだけ、か……ハン」
首を横に振って小さく笑った。腕をプルプルさせながら立ち上がるヘクゼダスの姿はまさに滑稽であった。
「もしお前が生き残ったなら、いつか笑いの種にしてやるよ……」
そう呟くと、彼はいずこかへと立ち去ってしまった。それと入れ違いにやってきたのがフィーリアであった。彼女はすれ違いざまに短く挨拶するとまっすぐヘクゼダスの元に歩いてきた。
「ごきげんよう」
彼女はおしとやかに挨拶を述べると、一番近かったキエリエスが振り返りとびきりの笑顔で返す。
「あ、おはよ!」
「おはようございます、キエリエス。ヘクゼダス様、フラー様より言伝を預かっております」
「え、俺?」
顔の煙を払いながら、彼は自分を指さした。一体何かはわからないが、ヴェッチェからの伝言というだけで嫌な予感しかしなかった。しかし、その予感は幸運にもよい方向へと外れる。
「えー、ゴホン……ンンッ!……戦いは近くに迫っておりますが、貴方はまだ術の備えができておりません。そのため武器を持たせることとなりました、だそうです」
微妙に似ていないヴェッチェのものまねを自然にスルーしながらも、一つの疑問を抱いた。
「あの、前は武器なんて持たせてもらえなかったぜ」
前回の勇者狩りの時は、三人とも武器なんてナイフ一つ持たせてはもらえなかった。だのに何故今回は持たせてくれるのだろうか。
「簡単な話です、今回は前回の時とは話が違いますから。前は少数の勇者たちが相手でしたが今回は万単位の敵が攻めてきます。いくら貴方の表皮が頑強でも何十何百という刃や矢を防ぎながら戦うことができますか?同時に十人くらい相手にしなければいけないかもしれませんよ」
「少なくともね」
と、最後にサイカが付け足した。
「マジ?」
「本当です」
実感が湧かない、歴史の授業で戦争は何千万人という人間が動員され死んでいることは知っている。しかしそれはあくまで授業で聞くだけのもので、身近ではない。それぞれに命も人生もあったのだろうが、自分にとってはどれもただの数字でしかなく、歯牙にもかけないものでしかなかった。まさか自分がその渦中に身を置くことになるなんて、一年前の自分に想像できただろうか。
「では訓練は一旦取りやめて武器庫に向かいますよ。選んだらその武器の修練をはじめてください」
「じゃ、行こうか」
何やらサイカが動作をすると、キリムエが消滅したのが分かった。
「やはり見えるんだね」
「え、まあ」
彼女はキリムエが生成されていた場所を見回す。彼女の眼にはやはりキリムエは映らない。彼女は彼の呪術のセンスの無さは理解していたが、この彼の類稀なる能力には何か意味があるのではないかと考えていた。異世界より転生し、その上皇帝陛下直々にサイカロスの体と力を与えられた。その時にあの力が与えられたのか偶然なのかはわからない。だが何か彼にしかできない役割があるはずである、彼女は心の奥底で確信していた。
「武器庫って、ここか」
武器庫はすぐ近く、あまり目立たないが大きな扉の奥にあった。
「扉の奥に武器は置くのですよ、フッフフ」
フィーリアのお笑いのセンスは転生の時に付与されたものだったとしたら、作り替えた者を恨もうと思ったのであった。が、思わぬ言葉を彼は耳にした。
「ウケるー」
そう発した主にヘクゼダスは耳を疑い、勢いよく振り返る。そして彼が目にしたのは今まで見たことがないほどに真顔なキエリエスの顔であった。
「お、オオウ……」
彼は優しかったクラスの美少女が、実は自分のことを陰で気持ち悪がっていた時のような衝撃を彼は受けた。中学三年生のころを、ふと思い出しなんだか切なくなった……




