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第三十五話 一極防禦呪術 ヴァールグラオラス

「さて、とにかく君は防禦術を一つでもいいから習得するんだ。習得すればこちらのもの、ちょっとした人間風情の攻撃なんて効きやしない。あとは殴るなり千切るなりしてしまえばいい。いくよ」

 地下訓練場、キリムエの障壁内にヘクゼダスとサイカが構えていた。今から行われるのは間近に迫った戦いのために突貫でヘクゼダスに防禦用の術を覚えさせる訓練であった。

 サイカは両手のひらを彼に向け、対するヘクゼダスは拳を握りしめて、不格好ながらも立ち向かう姿勢を見せている。

「バリュール・エルメライア」

 サイカの手のひらから黒い光がまっすぐヘクゼダス目がけて放たれる。サイカが術の詠唱を終える直前、ヘクゼダスもまた同様にとある術を唱えていた。

「ヴァールグラオラス!!」

 目を瞑って叫ぶ。放たれた光線はヘクゼダスの拳の上を通り過ぎ、顔面に直撃した。

「っぎゃああああ!!!」

 野太い咆哮を上げながら、彼は頭から後方に張ってあるキリムエに激突した。

「いっだいいーーー!!いでえ!!いでえ!!」

 煙を上げる顔面を抑えながら彼は石床をのたうち回って苦しんでいた。そんな彼を見て、ガイウスト、サイカ、そしてキエリエスはため息をついた。

「ヴァールグラオラスは手のひらにしか反映されないと言ったじゃないか!握っていてはまっっったく!意味がないと!」

 珍しく語気を荒げたサイカの叱責が彼に向って飛んだ。

「あああ……痛いいい……」

「いつまで痛がっているんだ。これでも一割弱に力は抑えたっていうのに」

 バリュール・エルメライアは黒き光線の術。手のひらからまっすぐ放たれ、触れたものを灼熱の毒で焼き溶かす。今回は訓練のため痛いですむ程度に抑えられたが、それでもヘクゼダスやサイカロスの一族でなければ耐えることは出来まい。

「がんばれ~」

 そんな時でも可愛らしいのんきな応援の声が外野から耳に入ると、悲しいかな奮起してしまうのが男の性である。ヘクゼダスはキエリエスにいいところを見せようと痛む顔をおして立ち上がり叫んだ。

「バ、バッチこい!!」

「バチコイー?何それ」

「さあな」

 今度は手のひらをしっかり構えた。サイカの手が彼に向けられる。煌き、黒、漆黒のみが映る。

 次の瞬間には再び彼の巨体が床に横たわっていた。今度は頭頂部への被弾である。今度はしっかり手のひらで受けたはいいが、術が不安定で術壁の弱い部分にバリュールが流され後方に受け流される形となったため、そのまままっすぐヘクゼダスの頭頂部に反射して彼をはっ倒したのであった。

「うぐぐぐがあがあああ!!」

 頭を抑えて悶絶するヘクゼダス。

「いいか、ヴァールグラオラスは術自体は規模が小さいが、その分一点集中させるから防禦は厚い。そいして難しい。正直これをやらせたくはないが、これしかできそうになかった君が悪いんだからね」

 と彼女は語った。これは訓練から遡ること三時間前のことである。おおよそ防禦呪術についてさわりを学んだヘクゼダスは、サイカに促され微弱な力で術適性を試していた。方法はいたって簡単、出力を落とした術を片っ端から唱えていくのである。全部で九十三個の術を試したヘクゼダスはであったが、兆しがあったものは十、微かにシフスの動きを感じられたのが三つ、そして微弱ながらも術の発動に成功したのが前述のヴァールグラオラスという術である。これは局所的に防禦結界を張ることで、一点集中した強力な防御を張れるという古い術の一つである。その範囲の狭さと規模の割に複雑な構造をしているため使うものが滅多にいない術であった。実を言うとサイカ自身もこの術を使っているものをこの九百年ちょっと

のあいだ、見ていないほどであるそうだ。そういった術ながらも、戦いが始まるまでにヘクゼダスの唯一の習得の可能性の大きな術であったため、急いで習得させようとしているのであった

「えーっと、手のひらはまっすぐ伸ばし、肘を伸ばして手のひらに絶対的防御の意思を見せる……だったかな」

 書物に書いてあったヴァールグラオラスの解説に乗っていた一文である。サイカロスは人間のような複雑な術式や魔術の込められた魔導石を必要としていない。全ては本人の匙加減で決まる。

「ヴァールグラオラス!」

 左手に途切れ気味だが緑色の手のひらサイズの魔術サークルが現れる。少しばかり成功だ、しかし右手はうんともすんともいわなかった。

「困ったなあ……」

 もう一度、二度と唱えなおしてみても結果は変わらない、左手のみでの発動であった。頭を抱えていた彼にサイカから助け舟が渡された。

「無理に両手でやろうとするからだよ。君はどちらの手が使いやすい?左?じゃあ右だけに集中させてやってみたらどうかな」

「何故右を?」

「使いやすい腕で防禦したら反撃ができなくなるじゃないか。破壊される可能性も視野に入れないといけないし」

 破壊、つまり欠損が戦いの中で起こる可能性があるということである。彼女の言葉に彼は左手を見つめると、指を丸めて下ろしてしまった。そして右手だけを彼女に向けた。

「バリュール・エルメライア」

「ヴァールグラオラス!」

 バリュールの黒き輝きがヘクゼダスの手のひらに直撃する直前。直径三十㎝ほどのサークルが展開し、その表面に全弾が命中した。

 そして彼が喜ぶ間もなく、光の速度で飛来した毒の炎はサークルを突き破ってヘクゼダスの顔面に直撃していた。




「おんぎゃあああーーーーいいい!!!」



「おや、なんでしょう汚い悲鳴ですね」

 どこかから聞こえてきた悲鳴に、ヴェッチェはテーブルの上の人間の頭を指で転がしながら呟いた。


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