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第三十四話 赤い心臓

「成程、わかりました。そのようにお伝えしておきましょう」

 巨大な蟹のような姿の悪魔と何やら話をした猫型の悪魔、執政官ギゼはその足取りもたおやかに、城主の座する間へと向かっていた。ギゼはそれはにこやかに歩きながらも張り詰めた空気を周囲に張り巡らせていた。一大事であるこのことをお仕えする君主に直接伝えるのは実に何百年ぶりであろうか。気を抜くと自然とスキップをしてしまいそうであるが、執政官としてそのような醜態を下の者たちに見せるわけにはいかない。

「ギゼ、マヨルドロッタ城執政官」

 上品に扉の前でそう告げ通されるとするりと城主の間へと入る。

「ステフェ様、ギゼにございます」

 定位置に着くや首を垂れてギゼは続けた。

「奴らめ侵攻を開始いたしました」

 すると幕の向こうからあの輪唱のような声で

「そうか。全てはリガウステッラとホーロインに任せよう」

 その二つの単語は悪魔の名である。リガウステッラは漆黒の騎士、ホーロインは獄炎の猿魔。どちらともこの城で戦を指導する悪魔であった。

「ハイ、仰せのままに」

 そう答えるとお辞儀をしすぐに城主の間を後にした。出るとすぐに彼は五匹のヴィヴェルを呼び出し、昂り逸る声を落ち着かせながら何やら短く伝えると、ヴィヴェルたちはすぐに方々へと散っていった。

彼の伝えた指示はすぐにこの城に構える強力な悪魔たちに伝えられた。


「分かった、隊を編成しろと部隊長たちに伝えよ」


「さて暇つぶしのはじまりだ。丁度いいこいつにも飽きてきたところだ」


「おまかせを、と伝えなさい」


「s40r9pdjhtnkjskjl;ijzptjtpsk:/.lp;/」


「愚かな、実に愚かな……人間とは滅びの美学でも持っているのでしょうかね」



 戦争のことはすぐさま城内の全悪魔に伝わった。一部の悪魔たちは冷静に、一部は興奮し、そしてまた一部は嘆いた、愚かな人間に。

「えっ戦争!?」

 そんな反応をしたのはただ一人、ヘクゼダスだけであった。任務をほっぽってそのことを伝えに来たキエリエスはニコニコして物騒なことを口にしていた。

「沢山ぶっ殺そうね!競争だよヘクゼダス!」

「えぅ、あっえっ」

 突然の出来事への戸惑いや可愛い女子にどもってしまうコミュ障ぷりやらがごちゃ混ぜになって言葉に詰まっている彼をよそに、サイカとキエリエス、そしてガイウストは特に驚いた様子もなく平然として言葉を交わしていた。

「俺はもう少し遅いかと思っていたぜ」

「そうかい私の予想よりは半年遅かったよ」

「内臓!一緒に引きずり出せるね!」

 そんな彼らの様子をまったくもって理解できていなかったヘクゼダスは、ようやく喋れるようになるや否や、会話に割り込んだ。

「ちょっちょっちょっと待ってくれ!何故皆そんなに平然としていられるんだ!戦争だぞ!」

すると三人は首を傾げなにやら目くばせしあうと、キエリエスがあっと思い出したようにこう言い放った。

「ヘクゼダスはしらなかったっけね。皆もうおととし位から知ってたよ!人間どもが攻め込んでくることくらい!」

「……へあ?」

 理解できなかった。戦争の話は確かついさっき広まったばかりだ。それなのに一昨年から知っているわけがない。だがキエリエスがその理由を普通に教えてくれた。

「偵察がずっとしてあったんだよ、あの王国ができる前から。だから戦争の計画とかぜーんぶ知ってるの。皆ね」

「はあ?」

 つまり、スパイが敵の人間に放たれていて計画立案から既にこちらは知っていたということなのだろうか。だとすると恐ろしい話である。何もかも筒抜けなのであろう。

「そう、だから遊びみたいなものだな。殺して遊ぶんだ」

 ヘクゼダスはガイウストの言葉に耳を疑った。漫画でよくそういう狂人系キャラは眼にしていたから慣れたものだと思い込んでいたが、実際に耳にすると神経を疑ってしまう。自分も人を手にかけ悪魔として成長してきたつもりであったが、思い過ごしであったようだ。

「そ、そんなことマジで言える奴、居たんだな……」

 茫然と呟く彼に、ガイウストはまた首を傾げて

「何か変なこと言ったか?」

 最早何も言うまい、彼は目を閉じて背もたれに体を預けた。悪魔たちにとっては戦争も遊びのようだ。敵の作戦は全て知っており手のひらの上でもてあそぶ。そうとは知らない人間たちは、必死に首を取りに来るが、悪魔たちはすべてを知って、そして命を賭して殺す。自らの死すら遊びの内に入る。悪魔たちは一度スイッチが入ると理性を失って、すべての命をおもちゃへと変えてしまうようだ。

 ヘクゼダスは自分もその一員なのだと思うと無性に気分が悪くなると同時に、胸の奥底に薄ら気味悪く笑う自分がいることに気づいていた。

 戦争は始まる、戦争は始まる。戦争という名の殺戮が。 


 


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