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第三十三話 進む針と割れた砂時計

 彼女の言う通りなのだろう。そういえば前にヴェッチェがここにはそこそこの勇者が来るとか何とか言っていたような、言ってなかったような。いずれにせよ、実際に戦った勇者たちがそれを証明している。あれはどうみても冒険を始めたばかりのぺーぺーではなかった。なんちゃらブレードだったかのスキル、強力な爆発魔法、復活呪文……それなりにレベルのある強者たちが訪れる場所なのだろう。

「やってみるか……」

 あの時は死にかけたがヴェッチェが助けてくれた、しかし次はないかもしれない。彼女の性格を鑑みるに。ならばつまりこうするしかないのだろう、自分の身は自分で守る、と。元の世界ではそんなことする必要はない平和な世界だった。しかしここは人間界でもなければ警察も親もいない。周りには命の脅威ばかりである。山口功らしくもない腹を括った決断であった。これも悪魔に転生したおかげなのかもしれない。

 ヘクゼダスは目線を本に落とした。サイカはその姿を眺めながら微かに微笑み、蚊の鳴くような声でつぶやいた。


「道は長いぞ、人間」


 指先で重たい本を器用にくるくると回す。日が昇り、沈んでいく……




 その頃、マヨルドロッタ城より南に三百kmほど行ったところにある王国、ミンガナスでは人間たちが何やら動きを見せていた。住人たちは平時よりもよく兵士の姿を見ることに気づき、うすうすと戦の気配を感じ取っていた。

 ミンガナス王国のキシュムント城城内では王らしき人物と複数の高貴な身なりをした人物たちが円卓を囲んでいた。

「いよいよ侵攻開始であるな……」

 白髭を生やした財務大臣が眼を閉じて言った。

「あの場所をものにできれば更なる力を王国にもたらすことになります、陛下」

 軍務大臣が、笑む。それに自信満々の表情で頷くのは、キシュムント城城主にしてミンガナス王国国王、エリオムス三世であった。この王は王国の権力拡大を虎視眈々と狙い続け、時に大胆に、時に卑劣な手を使って王国の勢力範囲を広げてきた。王の座に着くや大臣など重鎮たち、自分に従わない者たちは王の権限により首を撥ね、自らの犬をその座につかせた。王に反発する者はもはやこの国には一人も存在しない。すれば結果は眼に見えている。こうしてこの欲深き王の次の獲物は、王国の領土の目と鼻の先にあり、国が主張する領土に居座っている邪魔なマヨルドロッタ城であった。

 王国曰く、古来より神聖な土地としてミンガナス王国の領土であるこの北スキウラ大陸の領土を“卑劣にも”略奪した盗人である悪魔は許されるものではなく、即刻ミンガナス王国に明け渡せ、ということである。しかしこれはあくまでもミンガナス王国の主張、実際はマヨルドロッタ城のほうがミンガナス設立前に建築されているのだ。寧ろ盗人はどちらかというと人間側であった。

 そういうわけで何度も小競り合いをしてマヨルドロッタ城にちょっかいをかけていたわけであったが、城主ステフェはとるに足らない戯言と相手にせず、ミンガナス王国も悪魔の攻撃を受けずにすんでいたというわけであった。そうとは知らないミンガナス王国は、両者は拮抗していると思い違いをし、全力をもって遂にマヨルドロッタへと侵攻を開始したのである。

「既に斥候部隊によって敵悪魔城の周辺は調査済みでございます。部隊を適した場所に隠し奇襲をかけ、慌てた悪魔どもを待機させていた主力で一網打尽にする、という算段でございます」

 軍務大臣はなんともいやらしい笑みを浮かべ作戦の概要を愚王に伝えた。王はそれに満足そうにうなずくと、金の杯になみなみと注がれた葡萄酒を一気に呷った。

「悪魔どもを駆逐すれば余の名声は大陸中はおろか、海を越えて伝わり軍門へと下る国も出てこようぞ」

 王の言葉に文部大臣が続ける。

「そして陛下はこの世を統べる唯一王として君臨される日もそう遠くはありません、フフフフフ……」

「ハハハハハ」

「あはっはっはは」

 下卑た笑いが、煌びやかな部屋に響き渡った。

「…………」

 その部屋につるされた絢爛たるシャンデリアの上に、招かれざる客が控えていることに、その部屋の誰も気づいてはいなかった。それは姿を見せず、呼吸すらせず、決して気配を気取られず、彼らの会合を観察していた。その観察者の大きな大きな目を通して、遥か三百km離れた場所にいる者に筒抜けになっていることは誰も知らなかった。

 


「戦争だ……戦争だ……!!!!!!」

 

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