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第三十話 ドルゴームのサイカ

「君のお目当てはこっちだからついておいで」

 サイカは巨大な蛇の下半身を文字通り蛇行させながら奥へと進んでいく。奥の方は先が見えないくらいに遠くそして広い。前回来たときは入ってすぐの表面しか見ていなかったため奥まった方のことは知らなかった。それなりに広いのは覚悟してはいたがこれほど規模とは思わなかった。

「こっち」

 途中で左折し、そのあとまた右折して進んでいく。しかし、やけに広い。広すぎる。どう考えても城の規模より広大な面積を誇っている。

「やけに広く感じるんだが」

「ああ、それはオッカルータの術をかけてあるから」

「オッカ?なんだって?」

 あまりかっこよくない響きの言葉が返って来て思わず聞き返す。が、彼女の答えは同じであった。

「オッカルータ。いうなれば……もっと広くする術だな。小瓶でもため池ほどの水を入れられたりできる術だよ。とても高度な呪術だから専門的なものにしか扱えない」

「空間魔法みたいなものか……」

 彼の脳裏には道具がたくさん入るポケットが浮かんでいた。

「便利な術なんだな」

「まあそうかな。ここだよ」

随分歩いたろうか。二人はようやく目的の棚にたどり着いた。やはりここでも膨大な量の書物が所狭しと詰め込まれており、目的のものを探せる気などなかった。が、今は隣に詳しい人間もとい悪魔がいる。尋ねればいいだけのことだ。

「この中でどれを読むべきだ」

 すると彼女は見もせずに一冊の本を取り出した。モスグリーンの表紙に20センチはあろうかという分厚い本を一目見て彼は後悔した。勉強は嫌いである。100頁そこらの参考書でさえやる気が出ないのに、この何千はあろうかという本を読む気力なんてまったくもって湧かなかった。寧ろ悪魔将軍への道を諦めようかとも思ったくらいである。

「これ、全部?」

 恐る恐る尋ねてみた。すると彼女の口から予想外の言葉が返ってきた。

「いや、これは第一章第一節」

「は?」

 耳を疑った。どうも今日は聴神経がいかれているらしい。もう一度彼は尋ねてみた。自分の聞いたのが聞き間違えであることを信じて。だが現実は非情である。彼女が答えたのは先ほどと同じ言葉であった。

「第一章第一節。基礎呪術を使用することの基礎 の シフス基本理論 の シフスの始まり」

それどころか増えていた。

「うっそだろ……うそ」

 信じられなかった。その分厚さで始まりも始まりだというのか。ならば全部でいったいどれだけあるのだろうか。その答えは聞くまでもなく彼女が教えてくれた。

「この棚一つで第二章まで。でここから右全部が基礎呪術を使用することの基礎」

「あきれた……」

 右全部、その言葉に続いて首を右に回すと、十メートルは向こうまで棚は続いていた。ここで彼はお決まりの言葉を放つ。

「それじゃああまりに時間がかかりすぎる!もっと簡単に覚える方法は無いのかよ!」

すると真顔だったサイカの表情が一変、目がカッと見開かれ次の瞬間には猛烈な力で下半身をヘクゼダスの体に巻き付け締め上げていた。

「イダダダダ!!痛いいいーー!!」

 息もできないほどの強力な締め付けが、強靭な彼の肉体を破壊しようとしている。それはまるで蛇が丸のみするために獲物の骨を砕くかのように。このままだと本当に砕かれかねない。言い訳したくとも、謝りたくとも息を吐き出すことすら彼は許されていなかった。サイカは顔をヘクゼダスの顔五センチくらいまで近づけこう言い放った。

「貴様は一体何を勘違いしている。ゾイフォンデすらまともに扱えぬ人間風情が簡単にだと?恥を知れ!」

 そう怒鳴りつけるや勢いよく彼を硬い石床にたたきつけた。鈍い音が資料室に響く。それなりの衝撃はあったはずだが、書架は一ミリも揺れることなく平然と立っていた。

「オゲッガハッ……オゲエエエ………ああーハアー……」

 漸く解放され空気がどっと流れ込んでくる。痛みに体中が軋んでおりまともに立てそうもなかった。まさかあの発言でここまで起こるなんて考えてもいなかったヘクゼダスは、大層ショックを受け立ち直れなかった。サイカは彼を見下しながら言い捨てた。

「基礎すらできない雑魚は私が殺して喰ってやろうか」

 あまりにも冷たく、強烈な言葉に彼は体を震わせた。そんなことをするように見えなかったサイカにやられたショックはあまりにも大きかった。

「ご、ごべんなざい……ゲエッホ……ゴホッ……ハアアアー」

 この時彼はキエリエスに慰めてほしいと心の片隅で思っていた。あの優しさが恋しかった。もう二週間くらいは目にしていない。

「じゃあ始めようか。これとこれと……おい」

 彼女はいくつか本をピックアップすると近くにいたヴィヴェルを呼び止め本を運ぶように命じた。命じられた赤ん坊のような悪魔は小さく頷くと、自分よりも大きな本を五冊も軽々と抱えて飛んで行った。

「立て」

 まだ冷たい声色にビビッている彼は、痛む体を押してどうにか立ち上がり来た方向へと引き返す彼女の背中を追った。ある意味ヴェッチェより恐ろしい女悪魔であった。ヴェッチェはあくまでも拳で制裁してくる程度だったが彼女の場合本気で殺しに来ていた。酷いもんだと彼は泣きたい気持ちで勉強に向かうことにした。

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