第二十五話 それぞれの力のワケ
「いやさ、ほらこれ。なんだろか」
と、弘之が指さした先にあったのは人の頭くらいの大きさの石だった。よく見てみるとただの石ではなく、平べったく正円を描いており、表面には何やら見慣れない言語とマークが一つ、刻まれてあった。
「なんだ、これ。読めねえよ。何語だ?」
弘之が首を捻って石をにらみつけている。俊も玲奈もわからなかったが、剛紀はじっとそれを見つめており、微かに目線を左右に動かしていた。それに気づいた玲奈は
「読めるの、もしかして」
と尋ねた。
「え?」
「マジ!?何語だよ!タイ語?」
「この世界に多分タイは無いんじゃない……」
「この文字、僕のもう一つの記憶にはある。サミア語だ……僕のこちらで育った国の主要言語。サミア語……読める……」
まさか言語すら頭に叩き込まれているとは思わなかった、いやそれどころかこのように三人が読めず一人しか読めなかったということは、この世界でも元の世界のように言語の違いがあって障害になりうる可能性があるということに気づいていた。だとするとこの街の住人は一体何語を話すのだろうか。剛紀の脳裏にはサミア語ともう一つまだ実際に見てはいないが古シェケセス語という単語があった。それもまた同様に読める、はずである。しかしそれがどこの言語かは、知らなかった。
「でさ、なんて書いてあるん」
俊が興味津々に目を輝かせて聞いてきた。我に返った彼は、一つ咳ばらいをすると、ゆっくりと聞き取りやすい声で話し始めた。
サイレスの術の言の葉を述べる 意識を統べよ
「……って」
書いてあるよ、と答えた。それを聞いた玲奈と俊は、は?と言いたげな面持ちでこちらを見つめていた。言葉の意味は彼にもわからない。だが、一人、今度は弘之が理解していた。
「サイレスって……これかな」
そう呟くと、彼は目を瞑って手のひらを碑文に向け何やら聞いたことのない言葉を口から発し始めた。
「オキリュース デイシラースタ クウィンクレス レキ グゥンラ……」
「ど、どうしたどうした!!」
「え?何突然キモッ」
思わず素で反応してしまった。しかしそれも彼の手のひらから青緑の光が発されるまでだった。
「サキ-リア シン テミウスアス ラー」
そこで彼は口をつぐんだ。沈黙が四人を包んだ。三人は互いに目を見合わせてどう反応すればいいか困惑してしまっていた。が、その困惑は次に起きた出来事で一気に加速した。
「「「ええええ!!」」」
三人の目に映っていたのは宇宙船のような白く大きい物体であった。長さは恐らく六メートルほど高さは三メートル前後、側面には大きなドアのようなものが。
「おいおいおい、なんだこれ。宇宙船かよ……」
「どっちかていうと大きな牛乳パック?」
「夢がないなあ……」
確かに、ぱっと見横倒しにした短めの牛乳パックだ。機首らしい先は三角に尖っており、側面にはガラスがはまっているようで内部が見える。
「弘之、これどうやったんだよ」
俊がまだ信じられないといった表情で彼に尋ねた。すると彼自身も首を捻って曰く
「さあ、なんか呪文が頭に浮かんできたんだよなあ。魔術師のおっさんに教えられたんだよ。サイレスの呪文は起動の呪文って……」
そう言えば、彼はどっかの町で魔術師に育てられたとかなんとか言っていた気がする。しかし、この呪文にも驚きだが、どうみてもパワータイプの様相の弘之が魔術師とはどうにもしっくりこなかった。
「多分、ここかな」
と、弘之は側面の一か所に手を置いた。するとどうだろう、小さな駆動音とともにドアが浮き出て、横にスライドしたのだ。
「パワースライドドアじゃん……」
俊がそう呟いたのを聞かなかったことにした三人は、恐る恐る中に侵入した。入る時点になってようやく気付いたが、垂直だと思っていた側面は実際には真ん中でもう一つ角ができており、恐らく正面から見るとつぶれた六角形になっているらしい。
何か起きるとも限らないので、極力何も触らないように心がける。中身は思っていたよりもSF感はなく小さなメーターや機器が少しばかりあるだけであとは何もない。また、しっとりとした質感の白い壁にグレーの床は不思議な触り心地であった。
「こっち、操縦席か?」
と、剛紀が先頭のガラス張りの方を覗き込んだ。そこにあったのは三つの椅子であった。一つは前、二つは後ろに並んでおり三角形のような並びだ。その先頭の席を囲むように半円状のパネルのようなものが配置してあった。それを見た剛紀はふと思いつき、席に座ってみる。
「おい、何やってんだよ」
彼の行動に気づいた弘之が止めようとするが、剛紀は無言でそれを制して、手のひらをパネルの上にかざした。
「動け……」
駆動音が機体中から沸き起こる。まるで今まで永い眠りについていたようにゆっくりと機械が起動していく。機体は微細な振動を帯びる。ホログラムのような青い光が剛紀の周りに何らかの形を成して現出した。これはきっと操縦席、そしてこの両手にすっぽりと収まるように現れた丸い何かは、きっと操縦桿。
これはやはり、飛行船のたぐいだ……!
「これやっぱり船だよ。空飛ぶ船!」
剛紀は初めて転生したことの喜びを味わった。