第二十二話 転生の意味
シラバルサンサの世界に散っていった一年二組の生徒たち、そのうちの一グループの、五名の男女が小さな丸太小屋の中で三度、目を覚ます。岸本弘之、葛西剛紀、小山俊の三人の男子と田中美優、中島玲奈の二人の女子であった。五人はそれぞれ、以前のように下に寝そべってはおらず、どうやってか皆椅子に腰かけていた。
「なんだあ……夢か?さっきのは……」
弘之は周囲を見回し状況を再確認しつつも、先ほどの夢を思い出していた。
「いや、夢じゃない、と思う。僕も見た」
剛紀がうつむいたまま答えた。
「お前も見たのか!あれ!」
「うん……信じられないけど、でも頭の中に変な記憶がある。見たことも経験したこともない……」
彼の記憶には、元の生活のものと並行して、まるで最初から経験してきたかのようにまったくもって別の記憶があった。自分が見知らぬ土地で見知らぬ外国人と共に暮らし、その中で特殊能力を身に着けてきたことを、この世界の歴史を、この世界の様々なことを。そして、それが誰によって植え付けられたのかを。
「確かなんか変な声が転生だとか何とかいった後、また光の渦みたいな中で言ってたような……えっと、記憶や常識とか、あと……技?とかを転生するときにあらかじめ入れておくとかなんとか」
「そう、そうなんだよ……僕はサイドマス王国のミッシュっていう町で狩人として育てられたんだ……知らないけど、知ってる……日本の樫見町じゃない、別のもう一人の自分の記憶」
すると大声を上げて弘之が慌てふためいて、
「俺違う!クスティアって村で魔術師のおっさんに育てられたんだよ!」
どうやら人によって植え付けられた記憶が異なるようである。まだ理解が追いついてはいないが、少なくとも夢ではない、現実であることはどうにか理解できていた。そこでふと思い出したかのように剛紀が顔を上げて、ひっくり返った。
「わーっ!!!」
しこたま後頭部を硬い木の床で打ち付けたはずだが、痛みよりもショックの方が大きかったようで、頭をさすることも忘れて弘之の顔を見て驚いていた。
「どう、どうしたんだよ!」
思わず不安になって、あたりを見渡す。すると先ほどは意識がはっきりしていなかったためよく見えていなかったのだが、彼は他のまだ目覚めていない三人を見て、同じように叫び声を上げて跳びあがっていた。
「わ、え?ワーッ!!!!アッ!!!」
彼につられて三人を見た剛紀がまた叫んで飛び退り、テーブルの角に腰を酷くぶつけて、うめき声を上げて体を丸めた。
「誰だこいつら!」
「誰君!!」
叫び声で目が覚めた三人が、彼らと同じ反応を繰り返して落ち着いたところで、ようやく五人は少し冷静に話し合いを始めることができた。だが美優は泣いてしまってべそをまだかいていたので、玲奈が慰めつつ男どもを中心に話し始めた。
「確か転生って言ってた」
と俊。
「つまりさ、僕らは単に別世界に連れてこられたわけじゃない。文字通り生まれ変わったんだよ」
そこで一旦言葉を切ると剛紀は弘之、美優、玲奈を順番に見て続けた。
「だから三人が変な姿に変わっちゃったってわけ、多分ね」
そう、剛紀と俊の二人は微妙に髪形が変わっていたり、服装がゲームみたいなことになっていることを除けば見た目はほぼそのままであった。だが残りの三名はそうはいかなかった。神によって精神そのままに体を作り替えられた彼らは、元の世界ではありえないような様相を呈していた。
「俺、どう見える?鏡無いの?鏡」
弘之が立ち上がり、四人に全体を見せた。どこからどう見ても鬼である。赤い肌に半裸の服。髪は銀色に染まり、額からは短い二本の角が生えていた。
「鬼だよ」
「鬼だねえ」
「鬼!?桃太郎みたいな?」
「いや、どっちかっていうと……オーガーとかそんな感じ。スマートだし」
「あ、そう?」
全然よくないと思うのだが、想像していたよりはずっとましだということがわかり、弘之は少し顔を綻ばせていた。
「次は……田中は、置いといて中島?」
「あ、何?」
まだ微妙にぐずっている美優の背中をさすって言葉をかけていた玲奈は話を聞いていなかったようで、とぼけたように三人を見上げていた。
「えっと、見た目がどう変わったかを……」
「あーはいはい。ほら」
トントンと美優の背中を叩いた彼女はおもむろに立ち上がる。ガチャガチャと彼女の全身を包んでいる重そうな鎧が、彼女が少し身動きをするたびになっていたのが気になっていた。しかし彼女は少しも重そうなそぶりは見せなかった。意外と軽いのだろうか。
「あー、これは何だろ、女騎士?」
俊の脳裏にはRPGの鎧をまとった女の騎士が浮かんでいたが、彼女が背中を見せたところで考えを変えた。そして彼と剛紀は恐らく同じことを考えていたようで二人は同時に呟いた。
「ヴァルキリー」「ワルキューレ」
「え?何それ。ゲーム?」
「えっと、あれだよあれ、女騎士の天使verみたいな」
「どっちがどっち?どっちが正解なの」
「いや、意味は確か一緒で言葉が違うだけだったと、思う。多分」
「多分」
二人は首を傾げながら互いに目線を交わしあっているかを確認した。
「まあでもすげえじゃん。なんかさ、聖なる光の騎士みたいでさ!」
と、弘之が手を叩いて喜んで見せたことで、それに乗じて二人も笑顔をすぐに作って手を叩いた。
「そう?」
ちょっと喜んで見せていたが、すぐに彼女は真顔に戻った。理由はそばにいる美優を思い出したからであった。
「み、美優?大丈夫?」
彼女は恐る恐る、うずくまる彼女に声をかけた。この後だと、どうしてもやり辛そうな雰囲気が小屋中に蔓延していた。




