第二話 悪魔降臨
功は目覚めた。
そこは森の中とかではなく、どう見ても石造りの床と壁であった。辺りは青白い光で覆われ、何やら周囲に人の気配を感じた。いや、人ではない気がする。だからと言ってエルフとかではなくどちらかというとオークとかそういった類の。
先ほど起ったことは現実なのだろうか、異世界へのゲートを通る際自分だけが光の通路を通れず何か巨大な力によって闇のほうと放り投げられたような記憶が、淀んでいたものの確か且つ曖昧に存在していた。まさか地獄にでも放り込まれたというのだろうか、などと考えていると彼の体は不意に何者かにひっぱりあげられた。
「な、なんだ!」
声を上げる。
自分の足で立つと、今度は両腕を外に引っ張られ体中を見えない紐で縛られているかのような感覚にとらわれる。一体全体なにが起きているのかさっぱりわからなかった。多分異世界転生は成功したはずだから、ここは現実じゃないということは理解できた。
光の向こうに何か巨大な何かがそびえたっているのがわかる。見上げてみると光の切れた向こうに、それはそれは恐ろしい顔のようなものが見えた。功が驚きの声を上げる前に、再び同じような力で今度は口をふさがれてしまった。驚いて声を挙げようと試みるも、空しく唸るだけであった。
貴様が愚かな人間か。実に愚かだ……おとなしく元の世界で暮らしておけばよかったものを。ここは貴様のようなものなど家畜のエサにもならん……
声が頭上から降ってきた。それは光の渦の時の声とはまた違う恐ろしさを持っており、一言発するたびに全身の血が凍りつくような感覚であった。彼のどんくさい本能ですら、底知れぬ恐怖と生命の危機を感じ取っていた。
だが面白い。最近暇になっていたところだ……我が軍勢も最近数を減らしている。貴様を特別に魔族として迎え入れてやろう。
(魔族?悪魔とか魔獣とかそういったか?もうこの際なんでもいい。悪魔将軍とか淫魔とかそういうのにしてくれ!)
この期に及んでくだらない高望みをする功。だがそんなこと、声の主には知ったことではない。声の主は自分の気の向くままに物事を動かすだけだ。無論彼の気まぐれでいつ功が細切れになるかもわからない。
我はこの世の皇帝、エッシャザール……貴様の絶対的君主である。決して逆らうような馬鹿な真似はするな……では貴様の体を我らと同様のものに作り替えてやろう。
そういうと、声の主はビルよりも長い手を滑らかに動かし、彼の頭上でくるりと指を動かした。刹那、想像を絶する痛みが功を襲った。叫びたくても叫ぶことができない。痛みを逃がす場所がない。人類が決して味わいえぬ痛みを彼は受けた。
(どうして。どうして自分だけこんなことにならなきゃいけないんだ。俺だけ!俺だけ!)
憎しみが痛みに混在し始める。彼の瞳が黒く濁り、体は姿を変え始めた。肉は溶け落ち、骨は音を立てて変形し始め体が大きくなり、頭蓋骨からは角が伸び始め腰のあたりから新たに一組の骨が長く現出した。やがて変形が落ち着き始めると今度は再びその体に肉が付く。しかしそれは元の人間のものではなかった。明らかに人ではない姿へと変貌していった。
こうして変化が終わると、拘束がとかれ彼は床に崩れ落ちた。先ほどとは冷たい石の感じ方が違っていた。まだおぼろげな目に禍々しく変化した手が映る。筋張り、黒く鋭い爪が伸び、肌はどす黒い紫や黒に染まり筋肉がむき出しになっていたが、痛みはまったくない。やがてゆっくりと呼吸を始めると、少しずつ彼は立ち上がる。気づかないうちに光は消えており、はっきりしなかった周囲のものが、少しずつ鮮明に見え始めた。正面遠くには巨大な悪魔のようなものが玉座に腰かけており、見上げてみても胸のあたりより上は闇か雲のようなものに遮られ、はっきりと視認することはできない。その両脇には、中心の悪魔よりははるかに小柄なものの、それでも人の背丈の数十倍はある悪魔が六人、椅子に腰かけていた。
やがてもう一度中心の悪魔が声を発した。
ようこそ我が治めるヘキゼスヘカリールへ。ニフェリアルへ、ヘクゼダス・アグログアール……
こうして山口功改めヘクゼダス・アグログアールは魔界での第一歩を踏み出した。