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第十八話 悪魔転生

「いらっしゃい」

 針金のように細いフレームの椅子に腰かけた女悪魔は、ティーカップ片手にそういった。

「し、しつれいしゃっす」

 頭だけペコペコと下げてヘクゼダスは部屋の中に足を踏み入れた。絨毯はなく、今まで感じたことのない不思議な感触が足裏全体に伝い、思わず跳び退った。

「どうしました?」

 フィーリアが慣れたように部屋の中にさっさと入っていくのを見て、首を捻りながら彼はそっともう一度部屋に入る。言葉で形容しがたいこの感覚に慣れられる気がしなかった。

「本題に入りましょうか。フフ。あなたはまあそれなりに無様に戦いましたね。クウェリントンを失ったのは少々残念でしたが」

 まったくもって残念ではなさそうに口角を上げ、彼女はカップの中身を啜った。一体中身は何なのか考えたくもないが、空になったカップにすかさずフィーリアがビビットレッドの目に煩いポットから注ぎ足した瞬間に、いやが応でも目にしてしまった。それはとても美しい液体だった。金色で、星を砕いて液体にしたような、ついついメルヘンチックな例えをしたくなるくらいに。

「さて。あなたには一応の素質があったということですから本格的に我々の知恵や技を教えて差し上げる必要があるようですね。本国からもそうお達しが来ていますので」

「え?技?」

 この間教えてもらったのは技ではなかったのだろうか。彼は尋ねた。すると彼女は違いますよ、と愉快そうにこう答えた。

「あれはただの格闘術です。技というのはこういうことです」

 ヴェッチェが手のひらを上に向けると、絡まった赤い蔦のような球体が手のひらに現れ、解けると近くの本棚から一冊の本を引っ張り出してきた。

「私も、ほら」

 お次はフィーリアが頭の上に光の玉を三つ出した。その光景に彼は口をあんぐりと開けて眺めずにはいられなかった。そして怒りがふつふつと湧いてきた。

「じゃあさ!」

 声を荒げてしまう。

「それ教えといてくれれば俺あんなに死にそうな思いせずにすんだんじゃん!痛い思いせずに済んだじゃん!クウェリントンだって死なずに済んだって!」

 感情が昂る。しかし当の二人の女悪魔たちはいたって冷静に、それどころか冷めた目で彼を見つめていた。

「思い上がりですね」

 ヴェッチェが呟く。

「我々は旧世界とピレイマを支配するためだけの存在です。そのためにはあれよりも想像を絶する痛みの戦いに身を投じる必要があるのですよ。そのためには魔法、というのですか、あなたたちは。その魔法だけでなく自らの肉体を用いて敵を殺す必要があるのです。基本となる格闘術をおろそかにするなどしては魔法など使えません。否、使う資格などありません。エッゲガラで十分です」

「そ、そんな。俺に人権は無いのかよ!」

「我々すべてはエッシャザール皇帝陛下のものです」

「でも、そんなの」

 言葉が詰まった。普段人と話してこなかった分、うまく言葉をつなげることができなかった。

「ですが、貴方には素質があります。あの強さの勇者たちと戦って生き残ることができたのですから」

 フィーリアが優しく彼に言葉の手を差し出した。

「あなたはこれから我々同胞と共に力をつけ、人間や神々を手中に収める道を歩むのです。そのために私たちがいるのですよ。と、上司からの命令ですがね」

 ヘクゼダスは口をつぐみ、考え込んだ。

 チートハーレム勇者に転生して人生を謳歌したいと考えて世界を移動したのに、今自分は恐ろしい悪魔の体になっている。これから倒していくのは自分のあこがれた勇者たちである。それでいいのだろうか。それで自分が納得できるのであろうか。悪魔になったとはいえ、善の道に進むことはできないのだろうか。

 彼が悩んでいることに気づいたヴェッチェは、おもむろに立ち上がると彼のそばに歩み寄った。彼は自分の世界に入り込んでおり、彼女の接近に気づかない。彼女は微笑むと耳元でそっと囁いた。

「…………」

 悪魔の言葉。悪魔の術である。彼女の種族だけが使える特殊な洗脳魔法は、いかなるものも、小さな心の悪意が増幅させられ、心を支配される。彼の脳に、まるで胎内に満たされた羊水のごとく優しく流れ込み、意識を包み込んだ。

 そうか、俺が転生したのは……




「俺はヘクゼダス・アグログアール。悪魔として生き、悪魔として召喚された」



「ええ、そうですヘクゼダス。あなたはヘクゼダスです」

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