第十七話 悪魔の素質
見ているといったからどうせこっちがやられるのをほくそえんでみていて、死ねば万々歳とでも思っているのだろうと決めつけていたが、思いもよらない真実に、ヘクゼダスはただ複雑そうに口をつぐんでいた。
「ああ」
馬面が思い出したように右手を握ったまま振った。
「起きたらすぐヴェッチェさんが報告に来いと言ってたよ」
「え?あそうですか」
報告、嫌な響きである。ドヤされるのか馬鹿にされるのか。もしかしたら腹に一発入れられるのかもしれない。もしくはその全部。恐らく病み上がりをいたわるという精神は彼女にはないだろうから。
「彼女の部屋はここを右に出て、あ、いや大丈夫そうだな」
馬面が部屋の入口の方を向いた。彼もそちらを向くと、そこには真っ黒なマネキンのようなものが立っていた。マネキンみたいなのが悪魔は好きなのだろうか。というかあれはこちらを見ているのだろうか。顔がないからさっぱりわからない。彼が立ち上がって歩み寄ると、それは体の向きを変え、歩き出した。
「あ待って」
ふらつく体に鞭打ち後を追いかけた。すると去り際に馬面が
「お大事にナ。私はいつもここにいるよ。私はグィス」
「あ、その、ありがとうございました……」
軽く頭を下げてすぐにまたマネキンを追った。
「待ってくれよ……」
マネキンの横に並ぶと、案外背丈があることに気づいた。前かがみになっているとはいえ、三メートル半ある彼の肩下あたりに頭頂部が来ている。
表面は真っ黒だがワックスを念入りにかけたかのようにツヤがあり、周囲の景色を反射していた。
(しかし、ヴェッチェの部屋か)彼は考える。
一体どんな部屋なのだろうか。机と椅子くらいしかないシンプルな部屋か、或いは拷問器具や内臓、血や骨が所狭しとひしめいているザ・悪魔の部屋だろうか。ないだろうが、可愛らしい魔界のぬいぐるみなどが並べられた乙女な部屋か。
(いや、ないない)
自分で想像しておかしくて笑いそうになる。あり得ない。そんなギャップ、誰得だというのだ。だがあのキエリエスならあるいは……しかし、ここは魔界。いままでいろいろと自分の予想を裏切ってきた。実はキエリエスの方がグロテスクな部屋かもしれない。
あれやこれやと妄想していると、透き通った美しく清らかな声が耳元で鳴った。
「もし……」
「え?」
聞き間違いか、天使のようなその声色、こんな場所で
「もし……私ですよ私」
聞き間違いではなかった。彼は立ち止まると周囲を見回した。長い廊下にはずっと向こうに鬼のような奴が一人歩いているだけである。あとは自分とマネキン。
「まさか妖精?透明人間?」
「何を言っているんです。私です。目の前にいるでしょう」
「は?」
彼は恐ろしいことに気が付いた。マネキンが腰に手を当て怒ったようなポーズでこちらを見ているではないか。
「え?君?」
するとマネキンは頷いた。
「私ですよ。喋らないと思いました?私喋りますよ。口がないですけど。ちなみに内臓もないぞう……なんちゃって」
数秒の時が過ぎた。ヘクゼダスはこれまでしたことがないような真顔で宙を見ていた。
「はっ!」
我に返った彼は瞬きをすると目を丸くしてマネキンを見つめた。
「そんなに見ないでくださいな。照れます」
お次は口をあんぐりと開けた。
「私、ディエメント(種族)のフィタニア。名をフィーリアと申します。フラー様の秘書を務めておりますので、以後お見知りおきを」
綺麗な声で自己紹介を述べると彼女は軽く頭を下げた。
「へ、ヘクゼダス・アグログアールです……ジュルです。よろしく……」
ヘクゼダスは愕然とした。
どうしてこんな男とも女ともとれない無機質な奴がこんなにも美人系キャラなのだろうか。綺麗な声で所作が可愛らしく、礼儀正しくて名前もお姫様みたいで。あと殴ってこない。変なギャグをいうが。
「さ、参りましょう」
再び歩き出すフィーリア。
「あの」
彼は気になったことを尋ねた。
何でしょう、と彼女。
「フィタニアってことはその、元々人間だったってこと?」
聞いてからしまったと気づいた。もし元人間ならきっと悪魔に捕らえられてひどい目にあわされてそしてこんな姿にされたに違いない。流石の彼もこれくらいのデリカシーは持ち合わせていた。気づくのが遅いが。しかし彼女はすぐに、恐らくにこやかに答えてくれた。
「ええ。シラバルサンサの北の方、マイショア大陸にあるメステーンという小さな村にいました」
彼女は続ける。
「私、たしか当時は十八だったと思います。きっと貴方はまずいことを尋ねたとお思いなのでしょう。拷問を受けたのでは、とか。でもそんなこと全然ないんです。寧ろこの姿になってフラー様にお仕えすることができてとても光栄なんです」
そこまで言うと、彼女は言葉を切った。
「さ、つきましたよ。続きはいつかまた今度」
二人の前に、重々しいダークブラウンの扉が立っていた。この向こうがヴェッチェの部屋。
フィーリアの話はとても引っかかるものがあり続きを聞きたかったが、彼はドアノブに手をかけ、重いその扉を力いっぱい押した。




