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第十五話 悪魔討伐

「いってええ!!なんだよ!」

傷む膝を見下ろすと、そこにはヘクゼダスの右膝に鋭利なナイフを突き立てている小男の姿があった。

「てめえ!」

 姿が見えないと思ったらいつの間に懐へ飛び込んでいたのだろうか。ヘクゼダスは右手を力いっぱい振って殴り飛ばそうとしたが、小男は素早くナイフを引き抜くとアクロバティックな動きでそれを回避し、意地汚く笑うと木陰に潜んでしまった。

「やろうぶっ殺す!」

 怒りに燃えた彼は傷む足を引きずりながら小男を探すことに躍起になった。

「そこか!死ねチビ!」

 握りしめた拳が小男めがけて突き出される。拳は太い木の幹を深々と抉り取るが、肝心の奴にはかすりもしなかった。

「わーお……」

 当のヘクゼダスはというと、思いもよらなかった自分の怪力に茫然としていた。そのすきに小男は逃げてしまっていた。

「クウェリントンさーん?作戦とか……」

 我に返った彼はふとクウェリントンに尋ねようと探すと、クウェリントンの鋭い爪が勇者のどてっぱらをぶち抜いていたところであった。

 目の前で起きた惨劇に反射的に嘔吐する。映画での作り物の内臓やスプラッターにはなれたつもりであったが、どうやらただのイタい思い込みであったようだ。実際に人間の体からピンクの内臓や真っ赤な血液、そしてところどころ白い部分の見える血まみれの何かを目にした時、彼の許容量を軽く振り切っていたのだ。悪魔になったとはいえ、元は人間。まだ人間らしさを精神に多く残した彼の心は強くなってはいなかった。ほぼ何も口にしていなかったため吐瀉物はほぼ胃液で満たされていたが、胃液は紫で地面に落ちると生えていたコケや雑草を跡形もなく溶かしてしまった。これもまた個人の能力なのか、悪魔の標準的な能力なのか。

「レイブン!!」

 勇者の仲間が悲鳴を上げる。クウェリントンは腕を勇者から引き抜くと体を真っ二つに引き裂き、勇者の亡骸を投げ捨てた。

「よくもおお!!!」

 怒りに燃えた魔法使いと美女から巨大な火球がクウェリントンめがけて放たれる。彼はそれを飛翔して躱すと、魔法使いめがけて急降下した。鋭い爪が魔法使いを襲うも、彼が寸前で張ったバリアに受け流されてそのままクウェリントンは再び上昇し、上空を旋回し始めた。

 一方ヴィシュマスはというと、騎士と一定の間隔を保ちつつにらみ合っていた。美女が勇者の死体に駆け寄り、涙を流しながら手をかざし始めた。よく見ると口が動いており呪文を詠唱しているようだ。

(復活の呪文!させるか!!)

 ヘクゼダスは復活を阻止しようと駆け出すが、膝が痛んでうまく走れない。そして更に真後ろから先ほどの小男がナイフを振り上げて今まさにとびかからんとしていた。どうやら嘔吐したヘクゼダスを、偶然弱っていると勘違いしたらしい。一気に蹴りを付けてやろうとスキル「死角からの一撃」を発動させていた。まさにRPGといった力である。これが決まればヘクゼダスの命はない。しかし、この小男は彼の潜在能力を甘く見ていた。

 無意識のうちにヘクゼダスは振り返り裏拳を振るっていた。悪魔としてはまだまだ発展途上とはいえ、既に人間をはるかに凌駕する力を持つヘクゼダスの拳は、直撃する笑みを浮かべた小男の顔面を吹き飛ばすだけでは足りず、上半身ごと砕いてしまった。

「な、な!」

 地面に叩きつけられた小さな下半身から噴き出した返り血でようやく自分のしたことに気づいた。拳圧は本来付着したであろう血の一滴すら寄せ付けなかった。時間にすればほんの数秒の出来事ではあったが、本人にはとても長く感じられたその時間は、彼を悪魔に目覚めさせるのにはあまりに十分であった。

「よくもお!ピックをおお!」

 いつの間にか復活を終えていた勇者が、ヘクゼダスに切りかかる。振り下ろされた剣には稲妻がほとばしり、対応に遅れたヘクゼダスの正面を切りつけた。

「ぐぎゃあああ!!」

 悪魔の咆哮が森に響き渡る。いくら皮膚が厚いとはいえ、経験を積んでいる勇者の斬撃を受ければダメージを負った。左肩から腰の右側にかけて傷を負ったヘクゼダスは跪く。ヴェッチェやキエリエスに殴られる痛みよりはるかに強烈な痛みが彼を襲う。それと同時に闇よりも黒い血が傷口から噴き出して止まない。見る見るうちに力を失うヘクゼダス。膝をつくことすらままならなかった。

 そこに止めを刺すべく、スキルを使い光を刃にまとわせた勇者が剣を振り下ろした。

「グラン・シャイニングブレードォ!!」

「やめ……て……」

 ヘクゼダスは、山口功は転生さえしなければと、決して流れぬ涙をにじませようとしていた。

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