第百三十話 転がり続ける定め
戦いの幕開けはもはやもう目の前まで来ていた。本格的な激突こそまだであれど、各地では偶然遭遇した両軍の小規模部隊や個体同士での小競り合いも多発しており、いったいいつどちらが先に大きく動くのかということばかりが皆の関心ごとになっていた。
毎日訓練という名の一方的な暴行を受け続けていたヘクゼダスは、訓練が終わるとクタクタになって自室に倒れこむばかりであった。正直、もう耐えられない。せめてキエリエスに会えたなら、あわよくば膝枕でもしてくれたら。
彼女とヘクゼダスとでは体格があまりに違いすぎるため膝枕をしてもらうのはちょっと厳しいのが現実であるが、そんなことはどうでもよかった。大事なのはキエリエスに会うということだけであった。
「マジクソすぎんだろ、ジューヴァルナス……殺す………」
相変わらず一方的にいわゆるハメ技のような状況にしてくるジューヴァルナスにはいい加減我慢の限界が来ていた。彼はジューヴァルナスをメッタメタのギッタンギッタンにする妄想に浸りつつしばらくの時間が経過し、気づくとすっかり陽は沈んでしまっており、月夜となっていた。この世界にも月はあるし太陽もある。もちろん、それらは月やら太陽やらとは呼ばれてはいないが、重要な存在であることは確からしい。そう言えば、この世界でも宇宙開発などは行われているのだろうか。見た感じ、科学技術はそこまで進歩していないような気もするが、この世界は自分が思っていた以上に広いらしい。図書室の地図は果てもなく大きく枚数があったのを思い出す。もしかしたら、はるかはるか遠くの国には映画で描かれる未来世界のような国もあるのかもしれない。
すっかりジューヴァルナスに対する恨みつらみを考えることを忘れ、自分の知りえぬ果て無き異世界に思いを馳せていたヘクゼダスは、いつの間にか眠り落ちていた。
それからまた何度か陽が沈み、月が登った晩、遂に戦いは始まった。今回始めに動いたのはマヨルドロッタ軍のほうであった。前回と異なり本格的に戦争を行うつもりである悪魔たちは、旧世界人たちの多くが眠りにつき行動を制限される夜を狙って攻撃を開始する。
「ねっむい……」
顔をしかめさせながら槍を持つ手もおぼろげなヘクゼダスは、ふらつきながらもなんとか集合場所に立っていた。彼が集合時間ギリギリにたどり着いたころには既にほかの四体はそろっており、ガイウストに皮肉られながらも整列した。
彼らの集まった地下転送施設には、彼らのほかにも部隊が集結しておりその数はゆうに二百体は超すだろう。彼らは皆強襲小隊のように特別な任務を受けた猛者たちであるが、その分厳しい相手と刃を交えることになるだろう。いったいどれだけの者たちが帰ってこれるか。
これだけの大部隊が集まっているのだから、映画宜しくきっとお偉いさんが演説決めるに違いないとワクワクしていたのだが、意外にも非常に事務的にすぐに前の方の部隊から順に続々と転送用のセケレヴィジャカイア(魔法陣)に乗ってさっさと姿を消していった。
つまらないなあと肩をすくめていると、もう列は半分ほど進んでいた。非常にスムーズであるらしい。重たい足取りで進んでいく中、向こうから誰かが走ってくる音が聞こえたのでヘクゼダスは右手にある通路の方を見やると、向こうから見覚えのあるフードの人物と悪魔が二体近づいて来るのが見えた。
「ヴェッチェとフィーリア……それと……なんだっけか」
近づいて来る者たちとは、ヴェッチェとフィーリアそしてイェルヴェルーニウであった。彼らはそのまま足を止めることなくヘクゼダスたちの横に来ると列の流れに従って並走しはじめた。
「どうされました、フラー様」
サイカは軽く頭をかしづかせると、要件を尋ねる。するとヴェッチェは一度だけ頭を横に振ると今度はイェルヴェルーニウのほうに視線を移す。どうやら用があるのは彼だけらしい。まあわざわざ研究室から出てくるくらいだからそれは当然だろう。
「ヘクゼダスといったな」
自分個人に用があるとは思わず、ヘクゼダスは一瞬戸惑って言葉を迷ったがとりあえず肯定しておくことにした。名前も間違っていないし。しかし、いったい何の用なのだろうかと考えを巡らせているとイェルヴェルーニウは懐からいつものように到底入っていたようには見えない大きさのものを取り出し彼に手渡した。
「なんだこれ」
ヘクゼダスは受け取った金属の工芸品のようなものを持ち上げ掲げた。それを隣のサイカが下から明かりに透かすように覗き込む。
「冠かい?」
どうみてもヘクゼダスの目にはそれが冠には見えなかったのだが、ドルゴーム族の冠とはこういうものなのかもしれない。
「拷問道具だ、そうだろう」
ジューヴァルナスが嬉々としてそう予想したが、やはりイェルヴェルーニウは違うと否定した。
「じゃあ何なんだよ」
「これは手甲だ」
その答えに、サイカたちはああと口々に頷いて理解を示したが、ヘクゼダスだけ唯一彼の言ったことを理解しておらず、自分だけが理解していないことに気づき両翼を何度も振り返っては焦っていた。
「なん、なにそれ」
その言葉に、ヴェッチェがわざとらしく深いため息をつくとイェルヴェルーニウは行列の前の方を見て猶予がないことを悟ると時間短縮のため説明をしながら実際にヘクゼダスの腕に装着していった。
「これは私がかねてより開発していた攻防一体の装備品だ。今はまだ左腕の分しかないが、いずれ全身の分を製作して見せよう。その改良のために君には実戦を兼ねた実地試験を行ってもらいたい」
まるで機械のように複雑なそれは、見た目に反しいちいち手動で留め具を彼の手によって留められていくと、自動的にヘクゼダスの腕になじむように形を変え程よいフィット感と共に形を整えた。
「ロボットものでよくある奴じゃねえか」
「ろぼっと?」
「いや、忘れてくれや」
ヘクゼダスは、ゆっくりと自分の手を見回しながら肘から先に収まる手甲の全体像を眺めた。色は鈍色で微かに金属光沢が見られるが、全体的にほぼツヤはなく新品なのに古ぼけた印象を受ける。それはイェルヴェルーニウがこの部分だけの開発に五年もかかっていたために表面が擦れてしまったせいであったのだが色で戦争をするわけではない。装甲は薄いが何枚もの金属板が折り重なっており手を動かすとそれぞれが擦れあいたわみ軋んで音を立てている。
「潤滑剤が足りないな」
これは彼のミスであったようで、すぐに懐から油さしを取り出して数か所にちゃちゃっと油を挿すと、音はかなり軽減された。装甲同士の隙間にはさらに内部構造が見え隠れしており、ワイヤーやらよくわからないものがびっしりと詰まっているようで、これが手甲の動きを司っているのだろうか。
「んで、これはどう役に立つんだ?」
これではただの防具に過ぎないが、確かイェルヴェルーニウはこれを攻防一体と言っていた。つまり、こいつは攻撃手段ともなるということになる。
「まさか殴るだけじゃないよな?」
と、冗談を入れるヘクゼダスに、一切の冗談もなしにイェルヴェルーニウは否定した。
「そんなつまらないもの渡すわけが。これは攻撃の瞬間に最適な形状へと自動で変化するものだ。突き出した時に相手が後ずさって僅かに足りなければ先端が伸び突き刺す。後ろに薙ぎ払えば相手の首を切り落とすために刃を生成する。まだ試作段階にあるからうまくいくかは保証できないが」
「本当に試作兵器なんだな」
「つけるものがいなかった上にここの設備を借りてようやくこいつだけでも完成させられたんだ」
「なーるへそ」
些か不安要素が悩ましいが、かっこいいのでよしとしたヘクゼダス。いつの間にか転送の順番はすぐ目の前まで来ており、イェルヴェルーニウたちは転送係の邪魔にならぬようスッと離れていった。
「持って帰ってくれ」
最後に彼はそう言ってヘクゼダスが何か返事をする前に彼らは転送の光の中に消えた。彼らが消えた後も残りの部隊の転送は続き、残されたイェルヴェルーニウたちはその様子を見守っていた。
「これでいいんだな」
イェルヴェルーニウは、ヴェッチェのほうも見ずにそう問いただすと、ヴェッチェは首を少し動かしながらええと答えた。
「面白くなりそうですねえ」




