第十三話 濃霧の森の悪魔城
それから数日が経った。訓練、勉強、訓練、休憩、また訓練……一日にそういったことを繰り返しヘクゼダスこと功もようやく悪魔としての振る舞いが少しずつではあるができるようになってきたところであった。キエリエスの攻撃も初撃か二撃目まではどうにか対応できるまでにこぎつけたのである。人間の時ならばこうはいかなかったであろう成長も、やはり悪魔の体の恩恵なのだろうか。それに食事をほぼ取っておらず一睡もしていないが、驚くべきことに少しの空腹感も眠気も感じられなかった。その上、訓練で体が傷つくたびに力が増しているのを実感していた。やはりこれも……!
「そろそろ一度くらい実戦をした方がよさそうですね」
キエリエスの拳を彼がへっぴり腰で受け止めた時のことであった。ヴェッチェがそう言ったのは。
「いいんですか?」
キエリエスが拳をヘクゼダスの手にめり込ませたまま尋ねた。
「ええ。いくら訓練をしても実際に戦ってみなければ使えませんからね」
「実戦ね……」
一体全体どんなことになるのか、ワクワクと不安とがいっぺんに彼に押し寄せていた。彼は、恐らく最初だから大して危険度のないものだろうと踏んでいた。それにキエリエスが一緒に戦ってくれるのだろう、と。しかし彼の予想は大きく外れることとなる。そして彼は悪魔の世界、そして戦いの世界の現実を知り、己の異世界転生への認識が非常に甘ったれた軽いものであったと思い知ることとなる。このあと、彼は悪魔としての道を邁進することになるのであった……
翌日、まだ太陽の上りきらぬ頃、ヴェッチェとヘクゼダスと、そして二体の悪魔はマヨルドロッタ城の門にいた。まだ肌寒くもあるが悪魔の肌にはほんのり心地いい朝の空気が漂い、水の張った堀からは水蒸気が一面に立ち込めており、周囲に張り巡らされた森も相まっていっそう怪しげな雰囲気を醸しだしていた。願わくば外から写真を撮ってスマホの壁紙にしてみたいものであるが、生憎彼はスマホを現在持っていないし、そも彼はアニメキャラしか壁紙にしたことがなかった。
「さて、これから貴方にはヴィシュマスとクウェリントンと共に行動してもらい、出くわした敵と戦ってもらいます。ヴィシュマスは貴方と同様にこれが初めての実戦となりますが、クウェリントンはもう何度も戦ったことがあり経験もあります。ですから彼の指示に従えば、まあ恐らく心配は不要でしょう」
ヘクゼダスの隣にいる赤黒い液状の怪物、こいつがヴィシュマスというらしい。実体を持たないが自在に形態を変え様々な姿になれるようだ。ゲームでいうところのスライムの強化版といったところだろうか。なんともその色がおぞましさを増幅させている。それに気に入っているのか、例えるならスライムを全身に被ったために手足や体が繋がっているように見えるマネキンみたいな姿を常に保っており、彼は顔をしかめつつなるべく視界に入れないよう顔を上体ごとそらした。
そしてヴィシュマスを挟んで向こうにいるのがクウェリントン。人の体に巨大な鷲の頭、皮膚も翼膜もない骨の翼と猿の腕。まさに怪物、キメラ、そんな姿をしていた。二つの目は常に別の方向を見ており、何かに注意をしているようだった。そんな中に彼が入ると、事情を知らないものが見ればどこからどうみても悪魔のご一行である。これから勇者たちにやられますよ、といったところか。
「私は遠くで見ていますので、5,6人倒したらさっさと戻ってきてくださいね」
「ハイ」
「ウィッス……」
クウェリントンと彼が返事をすると、質問をする間もなく彼女はシッシと手で三人?を追い払ってしまった。三体の悪魔たちはゆっくりと森へと向かって歩んでいった。
奇妙な鳥らしきものの鳴き声があちこちから聞こえてくる。うっそうとした森には霧が立ち込め、これは自然のものなのか、はたまた創り出されたものなのか。
思えば悪魔になってからというもの、外に出たのはこれが初めてではないだろうか。小さな窓から外をのぞいたことはあっても、そこから見る景色と、実際に外に出て見る景色とでは雲泥の差があった。彼はこの喜びをかみしめるように、精一杯の伸びをし、深く呼吸を繰り返した。




