第百二十九話 骨身
将軍ゴルシュガーテテの元には、絶えず敵の情報が送られてくる、それを殆ど彼女一人で処理し分析、各部署へと低級サイカロスを通じて分配し全軍を動かす。
彼女の送りこんだ密偵によって、既にジェーガンタイア王国には複数の勇者や血統者が軍の要として引き入れられていることが判明しており、通常の部隊とは別に、選りすぐりの戦闘に優れたサイカロス達のみで構成された対血統者部隊も複数編成されている。それらの中には、エグゼバのように他所の拠点から臨時で編入された者も少なくない。
本来ならば、他の拠点からそういった臨時戦闘員が戦争の際に連れられてくることはあまりない。にもかかわらず、マヨルドロッタ城に百を超すサイカロスが新たに連れてこられたのかと言うと、実はこのマヨルドロッタ城、拠点としての役目は戦闘や勢力拡大のためのものではないからだ。
この異世界に数多くあるサイカロスの拠点、その中でも多くを占めているのが地域を支配し勢力を拡大するためのものである。だが、中にはニフェリアルの基盤を維持するための後方支援の拠点が複数存在するのだ。そして、マヨルドロッタ城は、スキウラ大陸とその周辺の地域における資源確保の役割を担っている城なのだ。故に、他の拠点と比べるとこの城には戦闘要員や超強力なサイカロスは少なく、代わりに作業や運搬、資源採集に特化したサイカロスが多くを占めていた。ギダリアド族の村と交流を持っているのもそのためであった。
そういった理由のために、こういった大規模な戦争となると、実の所マヨルドロッタ城は少し困るのだ。勿論全員でかかればそう難儀なことではない。だが、戦争中だからといって資源の採掘と本国への輸出を止めるわけにもいかない、彼らは戦いながらも普段通りの仕事をしなければいけないのである。戦争とは、ただ戦えばいいというものではない。
ヘクゼダス達第二強襲小隊の面々は、来るべき出撃に備えて訓練を行っていた。まずは互いに戦い、仲間の特性を知ることから始められる。
「じゃ、ヘクゼダス、ジューヴァルナスもいいね。止めって言うまでやってくれ。あ、勿論ポッドに入れなきゃいけないくらいの怪我はさせないように」
キリムエの障壁の外からそう中にいる二体に告げると、指を四本立てて指を開いたり閉じたりして見せた。何かドルゴームには意味があるのかもしれないが、今はいいだろう。
ヘクゼダスは狭いキリムエの障壁の中で、ジューヴァルナスと対峙していた。一体、あの不気味なサイカロスからどんな攻撃が繰り出されるというのだろうか。
そっと身構えようとしたヘクゼダスの腹に突然重たい衝撃が走り、完全に不意を突かれた彼はノーガードで後方の障壁に激突して落ちた。
「おえっ……っぐうう……おま、お前……」
涎を口から垂らしながら、ヘクゼダスは恨みがましい眼でジューヴァルナスを見上げた。
「卑怯か?愚かな、戦争だぞ、相手がいくぞ、なんて言って攻撃してきてくれると思っているのか情けないバカバカしい」
それはそうかもしれないが、そう反論したい気持ちをぐっとこらえ、ヘクゼダスは立ち上がった。
「クソボケ!お返しはたっぷりとしてやるからな!」
そう吠えて立ち上がった彼を、すぐにジューヴァルナスの術が捕らえた。見えない何かに体中をがんじがらめにされ身動きが取れなくなると同時に、何度も執拗に壁やら床やらに叩きつけて回り始めたのだ。
「うっ!ぐっ!ぎゃ!」
ジューヴァルナスとしては十分に手加減をしてぶつけているのだが、ヘクゼダスは手も足も出せずに潰れたヒキガエルのような悲鳴を上げながらされるがまま痛めつけられていった。彼はそのまましばらくそうやって遊ぶつもりではいたのだが、サイカがそれを制した。
「ジューヴァルナァス?やりすぎはいけないね。ほら、戦意喪失してしまったらあとで私たちが怒られるさ、フラー様からね」
「……そうだな」
ジューヴァルナスも流石に一方的過ぎたかと反省すると、彼を空中で放り投げた。
「おげえ!」
また汚い悲鳴を上げながら地面に顔面から墜落した彼は、そのままもぞもぞとうごめくばかりで立ち上がる気配もなかった。
「ありゃそうとう堪えたな」
ガイウストがエグゼバにそう耳打ちしたが、彼の耳はそこにはなかった。
「ジューヴァルナスという奴は、些か心というものを知らんようだな」
「ああ、リルテニャンってやつらはそう言う奴らさ」
ガイウストは昔ジューヴァルナスとは別の個体のリルテニャン種と出会った時の頃を思い出していた。
あの時の彼はまだ戦士として経験が浅く、またサイカロスについての知識も浅かった。故に、失礼なリルテニャンに歯向かいコテンパンにのされてしまったのだ。嫌な記憶だと彼は頭を振ると、改めてこのリルテニャンと同じチームで大丈夫なのだろうかという不安を抱いていた。
「それで、だ。ヘクゼダスという元異世界人ときいたが、あいつはどうなんだ」
「どうって……」
ガイウストは言葉に詰まった。どうと言われても、特にヘクゼダスはご覧の通り大した戦闘能力を持っているわけでもないし、特別な戦闘に役立つ力をもっているわけでもない。自分と違って呪術をつかえるが、呪術をつかえるサイカロスなどありふれていて何の特技でもない。
「強いて言えば……しぶといな」
しぶとい、エグゼバは聞き返す。
「ああ、なんというか、ヘタレ野郎だが、体が丈夫でな。この間行方不明になってた時ゃあ旧世界人にからだの半分そこらを食われてなお生きてたらしいからな」
それを聞いたエグゼバは、触覚を震わせて恐怖を露わにしていた。
「俺の兄は旧世界人たちに生きたまま焼かれて食われたという。あいつの心中を察しよう」
二体のサイカロスがそうしみじみとした雰囲気に浸っている間にも、ヘクゼダスはジューヴァルナスに一方的に薙ぎ払われ続けていた。
「不憫だね」
サイカがそう微笑んだ。




