第百二十七話 十柱会議
マヨルドロッタ城会議室
ここはその名の通りマヨルドロッタ城にて会議が必要な場合に使用される会議室である。使用の目的としてはやはり戦争のような重要事項について城内に住まう高階級のサイカロスたちが一斉に集って話し合いの場を設ける。
城内の最深部に位置する小さなこの部屋に、八体のサイカロスたちが顔を合わせていた。とはいっても、その場に実際に居合わせるというわけではなく、自室から通信をもって執り行うというものであった。この部屋に実際にいるサイカロスは四体のみ、二体はジュルとグライバの小間使い。そしてもう二体が執政官であるギゼとヴェッチェであった。比較的階級の高い彼女が何故この場に実際にいるのかと言うと、城内における高階級のサイカロスの中でも彼女が一番下の階級であるためだった。マール・クレヒトである彼女は、ギゼと同じ。だが後の六体はそれ以上である。
下から順に行くと、ザーリアのゴルシュガーテテ、ガレ、ビエドゥ、ホーロイン。次にカムラスロトルのエンケント、そして最後に上から二番目の階級であるホーステアの城主ステフェであった。会議は、ギゼとヴェッチェの進行をもって進められる。
「ゴホン……それではジェーガンタイアの宣戦布告への対応を決定する会議を執り行います。まず、今日ナキディアの刻サレミンサイの十一陽の時刻にハルーピウを通じてジェーガンタイア王国より恐れ多くも城主ステフェ様とマヨルドロッタ城に対し宣戦布告の通知がなされました」
ここで彼女が一旦言葉を切ると、それがわかっていたかのようにほぼ同時にホーロインが尋ねる。
「旧世界人共の動向是如何哉」
まるでタンスを引き摺っているかのように低く擦れた声が、小部屋に反響し、その部屋にいる小間使いたちは全身を震え上がらせる。高階級の強力なサイカロスは、声だけで下級の者に恐怖を与えるほどの迫力を持つのだ。それとは対照的におびえた様子は少しも見せず、だが礼節をもってヴェッチェがその問いに答えた。
「はい、ホーロイン様。旧世界人共は愚かにもジェーガンタイアを中心として周辺国や地域の力を集結させており、現在確認されている範囲では、アリームガル帝国、工業都市ギルス=デル=アルガル、サリオーソ山国、ザート村、アルダミニャ、ラグー村、ギルトービオが戦力の提供を行っているとみられます」
「して、其の兵力は」
ヴェッチェは報告書のページを目線を動かすことでめくると、現在の推定の敵戦力を述べた。
「敵兵力……二千二百九十八万と現状の予測は出されております。また、継戦期間は一カ月から三年と幅がございますが、これはこちらの戦力の投入次第でより振れ幅が大きく変わります」
彼女の言う次第、とはサイカロスはあくまでもシラバルサンサとの戦争はお遊びでしかなく、きまぐれで戦力を増減させるということによる。例えば、始めからここにいる幹部たちを敵の中枢、つまりジェーガンタイアの王都に投入すれば王都自体の制圧は五秒もあれば終わるだろうが、そんなことでは折角の大戦争も面白みがないというもの。いや、そもそも送り込むことなく城内にいながらでも潰すことだって可能だった。
どうせ戦争をするなら少しくらいこちらの領土に攻め込んでもらわねばまるで楽しくない、そう彼らは考えている。一見こちらの世界で言う騎士道をもっているようにも思われるビエドゥでさえも、そのような考えを持っているのだ。サイカロスの本質は、そういうものである。
また、いくらいきなり中枢を壊滅させたからと言って戦争がそこですっぱりと終わるわけではない。戦力は広範囲に広がっているためそれらの殲滅だけでも時間を要する上に、中心の指揮系統が潰されたからとすべての敵戦力がはいそうですかと降参するということにもならないのだ。数がいる分だけ、期間も延びる。
ここで、ゴルシュガーテテが発言した。
「ギゼよ、他の大陸からの敵の侵攻はどうだ」
これは重要なことだ。マヨルドロッタ城が納めているのはスキウラ大陸の北部で、この世界で四番目に大きな大陸であるため旧世界人の国や町も数多く存在している。だが、スキウラ大陸の北部に広がるスーバルガード海を挟んで北にエルメニアン大陸が、西にはゾルーム・ナミアン大洋を挟んで小国家群のある島々と更に向こうにエリ=メン双子大陸という大陸も存在している。また東にはヴァルドロッカ大陸があり、南にもかなり遠くはなるがゼンベルデーガルバンジュードルドルド大大陸が位置している。後者二つからは戦力が増援されることはまずないとは思われるが、エルメニアン大陸南部や小国家群、エリ=メン大陸からの出征は十分にありうるとみられていた。何せ、人間を遥かに上回る戦力を有するサイカロスに戦いを挑むというのだ、過剰ともいえる戦力を投入してもおかしくはない。
「はい、現在の所他大陸の拠点からそのような報告は入ってはおりませんが、引き続き調査の依頼をしております」
各大陸には広さにもよるがおよそ二つ以上はサイカロスの拠点が作られており、このスキウラ大陸では北東をマヨルドロッタ城、南西をゼグリスー=クォルドロック要塞が大陸を監視している。スキウラ大陸南部はクォルドロック要塞の牽制によって大規模戦力を投入してくる可能性は下げられるとみられるが、油断は……問題はないだろう。
ギゼは続ける。
「無用とは思われますが、万が一を想定いたしましてクォルドロックへ一個師団の緊急増援の依頼をしております」
「ああ、無用であろうな。だが、此度の戦……ピレイマの作為を感じてならない」
ゴルシュガーテテを始め、幹部たちはこの急いているようにも見える突然の宣戦布告は旧世界人たちの意思によるものとは思えなかったのだ。旧世界人というのは大概サイカロスを前にすれば怖気づいてしまうというもの、故にほとんど動きの見られなかったジェーガンタイア王国が、事前動作もなしにこうも急にサイカロスに対し猛然と歯向かってくること自体があり得ない。それに、おかしいところはもう一つあった。
サイカロスは大きな都市や国には常に複数の密偵を潜ませており、シラバルサンサの動向は見張られているのだが、彼らが大軍を動かす場合には何らかのそう言った予兆といったものが観測される。しかし、今回ばかりは違った。密偵達の知るところなく、ジェーガンタイアの周辺地域に支援と賛同の書物が送られ、あまつさえいつの間にか国内外で二千万強の兵力を既に集めつつある。
部隊の編制や補給品の用意、兵士の移動、どれを取ってもあまりに迅速すぎたのだ。
「asfodsho4t3yk;lds;/xkfs」
聞き取れぬ奇怪な声を発したのはエンケントであった。この城でナンバーツーに座するこの謎のサイカロスは、その種族も生まれも、それどころか姿かたちも、はっきりとはしていない。謎に包まれたこの強力なサイカロスは、ギゼに向かって何かを尋ねたようで、ギゼは
「お待ちを」
と断って書類を捲ると一つの報告を述べた。それは先の対ミンガナス戦線の終結直前から全力を挙げて調査をやらせていたものであったが、ようやく結果を得られたのだった。
「ofdsd223/.]sgp30dsh39h@;drt35f3」
ギゼも同じ言語でそう短く報告をすると、エンケントは深く唸ると一番先に通信を終えてしまった。
「エンケント様が動かれるということですか……」
そう呟いたギゼの目は何か思うところがあるらしく、淀んでいた。




