第百二十六話 終わりは突然に
視点は再びヘクゼダスに戻る。
イェルヴェルーニウの研究を手伝いつつも、しばらくの時間が城の中で経過していた。日々ヘクゼダスは周りの者たちによって勉強や訓練を強いられていたために、元の世界にいた頃とあまり変わらないことをやっているような気に囚われていくらか辟易し始めていたころであった。
北の城壁の補修作業の手伝いを終えたヘクゼダスがガイウスト、ジューヴァルナスと共に北の端の廊下を歩いていたのだが、三人は廊下の角をヴェッチェが曲がっていったのを目にする。
「あれ、フラー様じゃないか」
ヘクゼダスは顎をこりこりと指先で掻きながら、見覚えのある後姿が向こうに消えたのに気づき両脇の二人に尋ねた。
「ああ、フラー様だな。それがどうした」
ガイウストは興味がなさそうに窓の外の向こうに広がる海を見つめながらそう気だるげに返したので、ヘクゼダスはジューヴァルナスにもそう振ると、彼は短く、そうだな、と答えただけで、そのまま会話が途切れてしまった。
「あー……えっと」
どうにもこいつらとは会話が続けづらい、自分がコミュ障であったことも忘れ、彼はどうにか会話を延長させようと言葉を考えたが、いかんせんうまく思いつかない。こういう時コミュニケーション能力の塊とも言うべきキエリエスがいてくれれば、と心底思うのだが、城に帰ってきてからというもの、一度もキエリエスと会っていない。それとなく彼女の行方を知り合いに尋ねては見たのだが、誰もまだ彼女に会っていないらしく不安が募るばかりであった。
「あのー……何してたんだろうな」
「誰が」
ガイウストのその反応に、ヘクゼダスは呆れて言葉を失ったがため息を一つつく。
「……フラー様だよ」
ああ、とガイウスト。
「仕事だろ。どうでもいいがな。それよりさっさと帰って食堂いくぞ。腹が減ってきた」
「えっと……まあそうだな、飯にでも行くか」
彼自身は、食っても食わなくてもいい非常にエコな身体機能をしているため、腹も減らないのだがこう言うのはコミュニケーションをとる一貫だと考え、食堂に同行することにする。それに、誰かと一緒に食事をとることは嫌いじゃない。
ヘクゼダスたちは食堂でガイウストの知り合いと出会ったため合流して食事をとっていた。ガイウストらがぼちぼち会話を交わしつつ食事をとっている中で、ヘクゼダスは少し居心地の悪そうに食事をとっていた。人間の時のことを思い出す、友人、知り合い同士で食事をとるのはわけないのだが、友人の友人というようなもう一つ離れた見知らぬ者たちと席を同じにすると、どうも話しづらいし向こうの会話にも混ざれない。
眉間に皺を寄せつつペルンという穀物を潰した粉と乾燥した豆を混ぜて焼いたパンみたいなものをちまちまとちぎって食べていると、丁度背後の席で気になる言葉が聞こえてきたので、彼は耳をそばだてる。
「なあ、キッシーナン聞いたか?ジェーガンタイアがここと戦争おっぱじめようとしてるって」
逆立ちしたキリンみたいな細身のサイカロスが、五つの目玉をグルングルンとせわしなく回しながら、隣りの豚系オークみたいなビビットイエローのサイカロスにそう問いかける。
(ジェーガンタイア?戦争……ってまた?)
どこかで聞いたような聞かないような名前を思い出そうと試みつつもその会話には意識は傾けたままだ。
「それは真ですか?」
見た目に反してえらく紳士的な言葉遣いに口の中のものを噴き出しそうになるのを堪える。キッシーナンは顎に手を当てつつ信じられないといった素振りで目を見張ってそれをどこで耳にしたのかと、聞き返した。
(そうそう、情報リテラシーは大事だぜ)
「ああ、俺のダチのミルニキススが第一司令部の掃除係をしてんだがな、掃除を終えて部屋を出ようとしたとき偶然ハルーピウ(※1)が届いたのを目にしたんだとよ。で、まあ中身を読めるわけでもねえだろ、階級考えりゃ。でもちらっと見えちまったんだとよ、様式が宣戦布告のと同じだって」
直接こいつが見たわけではないのかと落胆しつつも、話半分に聞くことにしたヘクゼダスはそちらにやっていた意識を戻しつつ食事をとることに集中し始めていたのだが、ふと先ほどヴェッチェを見たのを思い出しスープ皿を持つ手を止める。
(待て、第一司令部って……城の北側にあったよな……で、ヴェッチェは書斎があるわけでもない北の廊下を歩いてた。そしてヴェッチェは階級の高いサイカロス。戦争ともなれば高官は皆作戦会議などのために呼ばれるだろう……ということはこの逆さキリンの言ってることは本当?)
あくまで、これも憶測の域は出ない。まだサイカロスになって一年も経っていないような新参者がこちらの勝手などいまだよく理解していない。もしかするとヴェッチェクラスでもそういう会議からは蚊帳の外という可能性もある。しかし……どうしてもこの戦争の噂が本当のように思えて仕方がなくなってしまっていたのだった。
「それは……いまいち信憑性に欠けるといわざるを得ませんが……」
キッシーナンが当然の反応を見せたのだが、不意にジューヴァルナスが彼の方を向いてにっこりと微笑んでそれを否定した。
「キッシーナン、彼女の言葉は正しいよ」
「彼女!!?」
つい大声を上げてしまう程の衝撃は戦争の噂よりも大きなものとなってヘクゼダスに突き刺さった。食堂のいくらかが彼に注目したもののすぐに前を向きなおって元の空気が流れ始める。
「ジューヴァルナス、貴方までそうおっしゃるというのなら……本当に………」
「言ったろー?」
「ああ、私も知った時は信じられなかった。だが、フラー様が先ほど北回廊におられるのを目にした。フラー様があそこを訪れることはまずない、訪れることがあるとすればそれは緊急事態の時だけ。つまり、戦争だとしか……」
「ああ……ジェーガンタイアは均衡をもう破るつもりだと?」
均衡、つまりそのジェーガンタイアとマヨルドロッタは互いに攻撃をしあわないことで、世間の平常のバランスを保っていたということなのだろうか。つまり、核の抑止力のようなものが働いていた?だが、戦争であれば以前ミンガナス王国との戦争が起き結果、ミンガナスが亡ぶこととなった。それは均衡が崩れたということにはカウントされないということなのだろうか。聞くところによると小さくもそれなりの規模の国であったそうだが、ならば均衡を崩してしまう程の力をもっているということになるだろう、ジェーガンタイアという国は。あれよりも恐ろしく大規模な争いが起きる?そう思うと、全身の血が凍てつかざるをえなくなるように震えるヘクゼダスであった……
※1 ハルーピウ:電子メールと手紙の合わさったようなもの。魔法によって言葉や物を遠方に伝えることが出来るが、シフスがなければ使えない。また、携帯電話やパソコンのような送受信機器は無い。




