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第百二十三話 追われし叛逆の徒 

 ヴァルドロッカ大陸南部、ゼキャリャの町とセーラバイリャマナ帝国を結ぶセルミーナ=サルジャルナガス街道を外れた深層の森、その中を一体の傷ついたサイカロスが走っていた。

「クソ……」

 ザガーリィはただひたすらに険しい森の中を駆け抜けていく。体中に傷を作り血を流しながらも懸命に走る理由は、彼のすぐ後ろから追いかけてくる者の存在のためであった。 

 ヴァルドロッカ大陸南部拠点ベルザミナ・アーク地底宮殿所属のサイカロスたちが、ヴェッチェからの情報の元、裏切者の始末或いは捕縛のために追撃を行っていたのだ。不思議な力によってサイカロスの探知が叶わないゲズンタ島とは異なり、簡単にその存在が探知されてしまうこの場所では、そう簡単には身をひそめることはできないのだ。

 ザガーリィは一旦ヴァーロだけをまた別の場所に転送すると、彼一人で追ってくる何体ものサイカロスをいなしつつ逃走を始めたのだった。中流のサイカロスとしてはそれなりの才を持つ彼でも、流石に三日間も休まずにニ十体近いサイカロスに追われれば、流石に厳しいものがあった。

「ジェンゲー!」

 彼は足を止めずに振り返り様に後方へと術を連続で飛ばす。三発目が追っ手の内の一体に命中すると、当たった部位が見る見るうちに硬化を始め、あっという間に身動きの取れなくなったサイカロスは木に激突して地面に墜落した。

 続けて反対側へ振り返りつつもう一度ジェンゲーを放つが、同じ手は食わないとばかりに躱されたが、それは彼の作戦であった。

「ザグ!」

 回避されることを見越して放たれた次の術は、その追っ手の移動速度、距離、高度、角度、木々の位置を計算しての発動であった為、回避したところに丁度スイカ大の氷のつぶてが激突、墜落したところでもう一発術を放った。

「ジェンゲー!」

 当然躱すことはならず、これでもう一体も地面としばらくの間一体化せねばならなくなった。これでしばらくは追っ手をしのげるはずである、今まで追ってきた者たちを思い出しながらそう確信したザガーリィは、手近な地面に空いた穴へと飛び込んだ。穴は広く下へと続いており、また何本もの分かれ道があった。

これがこの森が深層の森と言われる由縁である。

 この森は地下に何十層もの階層が続いており、その階層も場所によって広さや深度などが様々で、一つとして同じ層はない。また地下へと続く穴は地下で何十にも枝分かれをしているため、準備もなしに一度でも飛び込めば、二度と這いあがってくることは叶わないとまで言われるほどであった。勿論、ザガーリィもそれを知って飛び込んだのだが、いざとなれば転移の術で脱出は可能であるし、空気の流れなどをいくつもの条件を元に地上へとたどり着く方法を知っていたため、この中で朽ち果てる恐れなど全くなかった。

 およそ二百メートルほどは下ったであろうか、ザガーリィは一つの横穴に横たわった。光も届かぬはずの下層、上を見上げても光の一筋も見えないが、不思議と中は明るい。よく地面や壁、天井に目を凝らしてみるといたるところで青緑に光る点が茂っていた。恐らく、苔か鉱石かそういったものが自然と発光しているのだろう。

 風が、静かに穴という穴を通り抜け縦横無尽に、しかしそれでいて静かに駆け巡る微かな音に耳を委ねながら、彼は静かに体の力を抜いた。

 ドラグロでの儀式の失敗から、多大なる損失を受けた。フォーキシェは行方が知れず、レッヴァリッキドは見捨てざるをえず串刺しの状態でヴェッチェに連れていかれた。ヴァーロは受けた致命傷から未だ目覚めず、再生に力を入れてはいるが、ヴァーロを貫いた技に毒性でも含まれていたのか、再生の速度が著しく停滞しているようだ。かくいう彼自身も、戦いでヴェッチェからの傷を負ってからというもの傷の治りが遅い。最大限の治療の術を使用してもだ。

「俺は……焦っていたのかもしれない」

 ザガーリィの脳裏には、ヴェッチェとの苦い戦いが蘇っていた。あの時の彼は、余裕をもって彼女との戦いに臨んだにも関わらず、相手は汗一つかかずに彼の攻撃をいなし、唯一与えたダメージもさしたるダメージがあったようにも見えず。

 もっと、強力な力を身に着け、そして数千万のサイカロスの軍勢に立ち向かえる十分な兵力を集めなければならない。そのためには、サイカロスだけに限らずピレイマやシラバルサンサの者たちも仲間に引き入れる必要があるだろう。

 だが、その兵力を集めたとしてどこに隠そうか。今までは四体でやってきたため、姿を隠すことは造作もなかった。しかし、数百数千となってくると、隠しておくには細かく分散させる必要が出てくる。そうすると今度は情報の漏洩という危険が露呈してくる。思っていたよりも、兵力を集めるということは難しいという現実に直面したザガーリィは、再び自身の認識の甘さを痛感していた。

 ザガーリィはふと思い立ち、なんとなく穴の奥へと這って行く。入り口は彼の体がやっと通り抜けられるかどうかという狭さであったものの、奥へ進むほどに広く大きくなっていき、最終的には彼が悠々立って歩けるほどの高さにまで広がっていた。

「もしかすると、思わぬものがあるかもしれないな……」

 こういった場所には大抵何かしら特別なものが深くに眠っているというのがこの世界でも相場であった。特に、この場所はまず旧世界人なら足を踏み入れることはないだろう。稀に欲深い愚か者が入り込んでは、中で迷って命を落としている。つまりは、探索されている可能性が低いということだ。ピレイマやニフェリアルの世界の者たちによって探索されつくしていなければ、の話ではあるが。

 しばらく歩いていると、向こうの方で空気の流れが変わっていることに気づき、この先に別の空間が広がっていると予想したザガーリィは、慎重にその縁まで歩み寄った。

「これは……どういうことだ」

 予想だにしなかった光景を目にした彼は、ただその場に茫然と立ち尽くした。 

 彼の目の前に広がっていたのは、地下とは思えぬ広大な空間が上からさらに遥か下まで広がる底が見えないほどの縦穴と、その中心を走るまっすぐな柱であった。途中途中に枝分かれしているその先には、彼が今立っている場所と同じように別の横穴へと通じているらしい。

 横穴から出ると、柱へと向かって伸びる細い道を渡っていく。下からの上昇気流が降りてきたときの穴とはまた違った音を奏でながら、彼の体の表面を撫でていく。一体、この昇っていく空気はどこへと抜けていくのだろう。

 中心にたどり着いたザガーリィは、更に驚愕し柱に手を触れる。なんと、石柱かそこらだと思っていたこの柱は一本の巨大な木の幹であったのだ。数百メートルはあると思われる巨大で太い幹が、地中深くにこうして聳え立っていること自体が信じられない。その上無数の枝分かれこそあれど殆どまっすぐ曲がらずに上下に伸びており、表面を軽く叩いてみたが、鈍い音がするばかりでしっかりと生きていることがわかる。

 彼はどれだけの強度があるのか拳を引いたが、やめて代わりにその拳を解いてそっと手のひらを表面に添えた。するとどうだろうか、中を水が昇っていく振動が微かに木の幹を通じて手のひらへと伝わってくるではないか。

「これは、フォルタニッツァと同等の存在だな……」

 古の過去より聳え立ち続けている地底樹に寄りかかるようにその場に座りこむと、彼はどこか懐かしい感覚を覚えつつ目を閉じた。

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