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第百二十二話 懐かしい感覚

 ヘクゼダスとヴェッチェ、そしてイェルヴェルーニウがマヨルドロッタ城へと帰還して二週間が経過した。その間やはりヘクゼダスは例の治療用のポッドにぶち込まれていたのだが、体の欠損の具合に対してその修復速度は非常に早く、医師のグィスは興味深そうに呪術を用いてその様子と速度、自身の仮の見解を書き記していくのをヘクゼダスはガラス越しに眺めていた。確かに、自分でもいつもより体の調子が戻っていく速度が心なしか早いような気がする。ヴェッチェの術が解けてからは再びあの上半身のみの状態へと戻っていたのだが、二週間が経った今、もう足の先まですっかり元通りになってしまっている。今までならまだ足の付け根周辺が生え始めたというところだろうか、これはもしかするとイェルヴェルーニウというあのフードの怪しい人間が自分に治療を施し始めていたのが効いているのかもしれない。

 それから更に二日が経過し、甲殻のふちまでしっかりと再生されたのを確認するとようやく彼は治療から解放され自分の足で久々に城の床を踏んだ。

「お疲れサン、じゃ、フィーリアがおるからついていきナ」

 グィスが顎で指した先、入り口にはヴェッチェの付き人フィーリアが立っており、どこか見覚えのある光景な気がしていた。

「お疲れさまでした、ヘクゼダス様。大層な冒険を経験されたようで」

「嫌な体験だったけどな」

「あら」

 二体は世間話をしながら、城の廊下を進む。やはり、久々に見るこの廊下もサイカロスが絶えず行きかっており、外の世界とはまったくもって異質な空間であることを示していた。向こうではサイカロスなどヴェッチェを最後に見たくらいで、まだ旧世界人のほうが多く見られた。

「あれ、ヴェッチェの部屋じゃないのか」

 彼はフィーリアがヴェッチェの執務室へ続く通路とは異なる廊下を進んでいくので、どこに連れていかれるのだろうかと推察する。恐らく、フィーリアを寄こしたのだからとどのつまり行く先にはヴェッチェが待っているのだろう。では、いったい……

「イェルヴェルーニウ様の個室ですよ」

 ヘクゼダスが悩んでいるようだったので、フィーリアはすかさず助け舟を出した。

「えっ、あれの?」

「はい。そこでフラー様もお待ちです」

 やはり。ヘクゼダスとフィーリアは階段を上ったりスロープを下ったりもう今自分が地面からどれくらいの高さにいるのかわからないと混乱するほどに行ったり来たりを繰り返したころようやく彼らはイェルヴェルーニウのいる部屋の前へとたどり着いた。

「失礼いたします、フィーリアとヘクゼダスでございます」

と、彼女が透き通った声でそう述べると重たい木の扉の向こうからヴェッチェの声で入ることを許可する返事が聞こえた。

「入りなさい」

 では、とフィーリアがドアを両手で開けると、沢山の検査器具やノート、木箱などに囲まれたイェルヴェルーニウ、ヴェッチェ、そしてジューヴァルナスがいた。

「やあ、ヘクゼダス。久々だな」

 その女の容姿に似合わぬ男の声をもう一年ぶりくらいに感じられるほどに聞いていなかったように思えたヘクゼダスは、その不釣り合いな声と容姿にため息をつきながらもそうだな、と返事を返す。

「イェルヴェルーニウの最初の処置が偶然にも回復を早めたらしいというのは、本当のようですねえ」

 ヴェッチェは壁にもたれかかりながら天辺の目でヘクゼダスを足先から角の先まで見回すと、とりわけ関心もなさそうな声でそう呟いた。ジューヴァルナスはこちらをまっすぐ見てはいたが体にはいくつもの器具や術が装着・発動されておりどうやら今彼はイェルヴェルーニウの調査の対象となっているらしい。時折光を発しつつ彼の腕の内の一本を行ったり来たりしている腕輪に気を引かれつつも、ヘクゼダスは呼ばれた理由を尋ねた。

「そうですねえ、ま、回復した報告がてら、あなたの恩人であるイェルヴェルーニウの質疑応答にでも答えてあげなさいという命令ですかねえ」

「へえ……」

 沈黙が流れる。この間ずっと誰も口を開こうとはせず、ヘクゼダスは黙って他の者の顔色を窺っていたが、誰もかれもが無表情であるか顔が見えないというありさまであったため、口を開くことが出来なかった。少しジューヴァルナスのほうを見ていたのだが、彼は右目だけがグルングルンと三百六十度自由自在に動き回っているものだから、恐ろしくなって目をそらしてしまった。本当にあいつは何者なのだろうか。

 それから恐らくニ十分とか三十分という時間が経過した頃であろうか。不意に部屋のドアを強くノックする者が現れた。その主の声を聞き、ヘクゼダスは大層驚くのであった。

「サイカです」

「えっ!!!」

 驚いて見せたのは彼のみで、他の者は誰一人として微塵も狼狽えた様子など見せずにいたために、彼は自分がむしろおかしいのかと錯覚してしまっていたが、誰も驚かなかった理由がすぐに判明することと名Rぬ。

「入ります」

 聞き覚えのある懐かしい声と共に、片手でドアを開けて入ってきたのは、本当にあのサイカであった。確かサイカは以前のミンガナスとの戦いの際に変な奴に固められ本国に搬送されたはずだ。それがずいぶん時間がかかったようだがついに戻ってきたらしい。彼女の艶めかしい鱗の肌に新たな世界が開かれようとしているヘクゼダスを他所に、サイカは片手に抱えていたものをイェルヴェルーニウに手渡しながら

「これが私の持っているリルテニャン族のことについての研究書よ、大事に扱ってね。大変だったんだから」

(リルテニャンってなんだろう)

 彼の疑問を他所に、イェルヴェルーニウは受け取った本の重さによろめきつつも机の上に慎重に置くと、広がっている実験器具を押しのけてページを開いた。

「君、よく私たちの言葉が読めるね」

「まあ、な。不完全だがある程度は」

 どうやら旧世界人にはサイカロスの文字は読めないようだが、彼は一応読めるようだ。そう言えば、今も会話が出来ていることから、会話もこなせるらしい。つくづくサイカロスに魅入られた男のようだ。

 サイカは興味深そうにイェルヴェルーニウのことを見つめていたのだが、やがて背後にいるヘクゼダスに気づくと片目を釣り上げた。

「おや、君か。久しいねえ、ん?面構えが少しはなってきたというものじゃないかい?」

 と彼女は長い体をヘクゼダスに巻きつけつつ色気のある声で囁いた。おふうっ、と彼は気持ちの悪い吐息を漏らしたが、ふと思い出し彼女に気になっていたことを尋ねた。

「なんでサイカが復活したのに誰も久しぶり、だとか大丈夫だったのかとか声をかけないんだ?」

「え?」

「ああ、それはですね」

 と、代わりに説明をし始めたのはフィーリアだった。

「サイカ様は貴方がギダリアド族の村に向かわれる二日前に戻っておられましたから」

 それを聞いたヘクゼダス、目を丸くしてサイカとヴェッチェのほうを何度も交互に見ると大きな声を上げ抗議した。

「えええ!!!どういうこったよ!つまりあれか?皆もうサイカと会ってたのにそのこと誰も教えてくれなかったってのかよ!!あんまりだろお!!」

 彼の抗議にヴェッチェは大層鬱陶しそうに、

「黙りなさい、口を溶接しましょうか?……まったく……この城は大きいのです、一日二日特定の誰かと会わなくとも不思議ではありません」

「えっ……な、なら教えてくれても」

「あなたとサイカの業務は異なります。あなたとともに行動するようには伝えましたが彼女にも与えられた役目がありますから、そちらがまずは優先です」

 毅然とそう言い切られてしまったヘクゼダスは、口が立つわけでもないためうまく言い返すことが出来ずにそのまま黙っているほかなかった。どうも異世界の悪魔も女の方が言い合いには強いらしい。

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