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第百十九話 圧倒的

 瓦礫の中から引きずり出されたザガーリィは予想以上のヴェッチェの想定以上の強さに、拘束された状態で戦いを挑んだことを若干後悔していた。彼女の悪名はサイカロスから離れている彼らにもとぎれとぎれに伝わってきてはいたが、戦闘面においては今まで殆ど話を聞いたことがなく、その実力は彼にもわかりかねていたのだが、こうして実際に戦ってみれば嫌という程にわかるのだ。それに恐らく彼女は、いや確実に力の半分も出し切ってはいないはずだ。彼も全力ではなかったが、それでも互いの力の余力を鑑みるに敵わないのは明らかであった。

「さあて……まずはあの術を使いますか」

 そう言うとヴェッチェは小指を後ろ手にザガーリィの足へと向けると、細い糸のようなものをスーッと伸ばしたかと思うと、その糸は彼の足の指から内部へと侵入していき、骨の芯へと痛みをもって入り込んだのだ。

「んっ!?」

 鋭い痛みに彼は顔をしかめる。今まで感じたことのない奇妙な感覚が彼の足に走る。細い管が骨を溶かしなら上へ上へと登ってくる感覚にヴェッチェという執行人の意地の悪さが深くうかがえた。嫌なサイカロスだ。

「ふうん……では」

 次なる術をかけようとしたところで、再び彼女の蔓による拘束が何者かの攻撃によって断ち切られてしまい、ヴェッチェは目を細めて目の前を通り過ぎた影の方を睨みつけた。

「クォ=シャーメイゼ……あなたもここにいましたか」

「悪いねえ」

 柵の切っ先にバランスよく立っている鎧を纏いし有翼の騎士は、まさしく堕天せしシャーメイゼ、レッヴァリッキドであった。彼女は一瞬の内に自慢の剣でヴェッチェの蔓を切り落としザガーリィを解放すると、剣を構えて再び舞い上がった。

「ザガーリィ、気を付けろ!」

 自分たちは恐ろしい敵を相手にしているということを仲間に自覚させる。

「ああ、わかってるさ。だからこそお前を助けたんじゃないか」

 ヴェッチェの周りを円を描くように飛行しながらレッヴァリッキドは攻撃の隙を伺っている。ヴェッチェは新たに現れた彼女にも注意を払わねばならなくなり数では劣勢だ、にもかかわらず彼女の無表情さは依然として崩れる気配もなかった。

 彼女に空は飛べない、故に三次元の機動ができるレッヴァリッキドのような相手は、通常ならば圧倒的に不利であろう。だがそんな状況さえ単身で覆せるほどの戦力の差を、彼女は持っていた。

 彼女は骨できた腕を飛んでいるレッヴァリッキドの方へと向けると、先ほどヴァーロを貫いた光線を彼女めがけて放った、それも連続で。

「ぐうっ!」

 それをレッヴァリッキドは紙一重で次々と躱していき悠々と空を舞っているようには見えるがその表情はいつになく真剣そのものであった。それほどにヴェッチェの攻撃は正確であったが、レッヴァリッキドは攻撃の筋からもしかするとヴェッチェはわざとギリギリのところに撃ち込んできているのではないかという懸念が頭を過った。

(クソッあの野郎遊んでやがるってのかい!)

「当然でしょう……」

 まるで思考を読んでいるかのようにそう答えたヴェッチェは、さらにギリギリに掠めるか掠めないかというところを撃っていたが、それをザガーリィが背後から切りかかってきたことで邪魔されたヴェッチェは、とても不愉快だというようにゆっくりと振り返るととげとげしい蔓を新たに生成し、ザガーリィへの対応を片手間に始めた。その上で先ほどと精度も変わらずにレッヴァリッキドを攻撃しているのだからつくづく彼女の強さの底が見えないというものである。

「ヴァーロ!動けってんだよ!このウスノロォ!」

 レッヴァリッキドは激しく回避運動をとりつつも地面でいまだに蠢いている死にかけのヴァーロに向かって怒鳴るが、当然動けるわけもなく。

 そして、このヴェッチェの戯れも彼女に飽きが来たことで唐突に終わりを告げた。

「つまりませんねえ、やっぱり」

 先ほどまで楽しんでいたはずであるのに、本当に唐突に彼女は飽きてしまったようでレッヴァリッキドへの攻撃をやめたかと思うと、次の瞬間には一本の蔓が彼女の口から体の中を通り腰のあたりから体も鎧も貫いて彼女をくし刺しにしたのだ。

「ごっがあ……がああ……っが」

 口から血の泡を噴き出しながら苦しみの呻きを上げる彼女を、とても愛おしそうに眺めながら歩み寄りつつそれでも背後では後ろ手にザガーリィと刃を交えている。

「鳥はこうしてくし刺しにしておくのが素晴らしいです、あなたは殺さずこのまま持ち帰ってしまいましょうかあ」

「っぐあ?ああ!ぐぐぐが………」

 目の前の悪魔が何を言っているのかわからないと訴える彼女の眼は、今だけはシャーメイゼのそれに戻っていたのかもしれない。彼女は後悔する、あの時ピレイマを裏切らなければ、あの時堕天しなければ、と。だが、もう何もかも遅かった。こうなれば、もう永遠にレッヴァリッキドはこの状態のまま生かされヴェッチェの執務室のオブジェの一つとして据え置かれるのだろう。逃れるには、ヴェッチェの死を待つかサイカロスの敗北を待つしかない。ただ、ピレイマに敗れたとして堕天したシャーメイゼを見たピレイマの者達が彼女を許し助けるかは、わからないが。

 遂にレッヴァリッキドまでやられたザガーリィは、顔を酷くゆがませながら大きく後ずさりしヴェッチェとの距離を取った。

「おやあ、どうしました?お逃げになるので?」

「そうだな、少しばかり自分の力の足りないことに気づいたからな」

「そうですか、それはあの間抜けよりはよっぽどの賢明さですねえ。ですが、何もあなたから聞き出してはいませんから、ええ。きっと、この置物はあなたの計画の全貌を知りはしないのでしょう。断片しか」

 その言葉を聞いたザガーリィはもう一度顔を歪ませてそれが図星であることをうかがわせた。そして、レッヴァリッキドもまたザガーリィのほうを目を大きく見開いて首を横に振ろうとしているが、くし刺しになっているため、上手く首を動かせないでいた。

「信じていたようですね、この置物はあなたを」

 その通り、レッヴァリッキドはザガーリィのことを信じていた。ある理由から堕天をした彼女はピレイマからの祝福も失われ、一人孤独に怯えていたところをザガーリィに拾ってもらい、今までともにやってきたのだ。彼女にとってはザガーリィが全てであった。だからこそ自分の全てを彼に伝えてきた。だのに、彼はそうはしてくれていなかったとでも言うのだろうか。違うといってほしい、欲しかった。だが、彼の次なる行動から彼女は自分が彼にとってただの使い勝手のいい優先順位の低い部下でしかなかったことを知った。

「では、あなたも来てもらいましょうか本国へ」

 そうヴェッチェが言うと同時に地面から突如彼を囲むように突き出した紫のワイヤーのような紐がザガーリィを巻き取るように絡みついたのだが、ザガーリィはそれを何らかの術を使ってか姿を消して躱すと、ヴァーロの隣に現れると共に姿を消し、再び現れることは無かった。

「ザガ…り……」

 レッヴァリッキドは、ザガーリィの名を絞り出しながら静かに右目から青い涙を流した。

「愛しいのですね、愛しいのですか。愛しいというわけですか……はあ、逃げられましたか、私としたことが」

 とりわけ悔しそうにするわけでもなく、ヴェッチェはただヴァーロとザガーリィが最後に存在していた場所を眺めつづけていた。残念ながらこの島の特性上、彼らの移動先を探ることはできなかった。そのため次に対処しなければいけないことへと切り替えると、ヴェッチェは近くに倒れているジェイラスとメナースの下へと歩み寄った。

「他にもいましたね確か」

 と二人に仲間がまだいたことを思い出すと、屋根に転がっているユーリィと瓦礫に埋もれているノルを浮遊させて二人の隣に無造作に転がした。

(さて、どうしましょうか)

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