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第百十八話 抹消されし一族

―――時は十分ほど遡る。



 ジェイラス一行がザガーリィ・ヴァーロの二体と遭遇し交戦を始めた頃であった、始まった彼らの死闘を陰で除く二人組がいた。

「うわっ、あれ悪魔か……」

 そう弱弱しく口走ったのはベラミナム教の修行子の装束に身を包んだロバトであった。そしてその傍らには何を考えているのかわからない表情の、人間の姿に化けたヴェッチェが静かにたたずんでいた。今、どこかの者達と戦っているサイカロスは間違いなくフォルタニッツァの中で出会った裏切者のサイカロス、ザガーリィに間違いない。彼の代わりに戦っている大柄なのにも確かに覚えがあった。つまり、彼らもまた自分たちと同様にこの地へと飛ばされてきたということになる。

「これは少し、厄介かも……しれないですねえ」

「厄介?そんなに強いんですか?」

 目の前で一瞬で数十人のならず者たちの命を奪って見せた彼女をしててこずると言わしめるのか、そう思ったロバトであったが彼女は首を横に振るとこういった。

「いいええ、あの程度のもの軽く一ひねりではありますが……まあ何も知らないあなたに説明しても無駄でしょう」

「は、はあ……」

 けち臭い悪魔だな、とすねる。

 その後そのまま二人はその場で戦いの行く末を見守っていたが、ノルとユーリィが飛ばされ、ジェイラスが現れそしてジェイラスが飛ばされそれに駆け付けるメナースの姿を見たところで、ヴェッチェはおもむろに変身を解き歩き出した。

「どこに行くんですか?」

「あなたはここで待っていてください、死なれては困りますこれ以上ね」

 そう言うと、彼女の右の目から一筋の青白い光がヴァーロの背中目がけて伸びた。草の一本もそよがせることなく飛んだそれは、背を向けたヴァーロの右の肩甲骨辺りに直撃するや否や、光線が当たった場所から大穴が空き彼の上半身の六割を吹き飛ばした。辛うじて体の左側でつながっていたヴァーロは、一滴の血も流さずにその場に倒れ、角に刺さったままになっていたメナースがその衝撃で外れ、ジェイラスの上に多い被さるように落ちた。

 それからは、元の時間に戻る。



 圧倒的な防御力を誇っていたヴァーロに背後から僅か一撃で致命傷を負わせたヴェッチェは、まるで勝者の余裕とでもいうかのようにゆったりと、気品をもって余裕のある歩みで彼らへと近づいていった。

 ザガーリィは蠢くヴァーロをよそに、ヴェッチェの方へと振り返ると右の変形した半身に覗く目を憎悪に輝かせて彼女を睨みつける。

「こんにちは、裏切者。あなたの拷問執行開始までは二百二十年繰り上げられました。喜ぶといいですよ」

 と、適当に指折り数えて見せると十メートルほどまで来たところで彼女は足を止めた。

「ああ、それは苦労を掛けたなあ、クラボラット城執行人。だが、それはあまりにも無意味だ」

 皮肉めいた口調でそう語る理由は、言うまでもないだろう。ヴェッチェは近くに転がる一体のサイカロスと二人の旧世界人を見てまたザガーリィの方を見ると尋ねた。

「刑を執行する前に聞いておきましょう。私の拷問にかかると喋る余裕などありませんからね。あなたは一体フォルタニッツァの体内で何をしていたので?」

「お前に話して意味などあるか?」

「ええ、ええ。どうもフォルタニッツァの原動水晶に細工をしていたように思えましてね。そしてあの時ちらと見えたのは引導石柱では?何故そんなものが必要なのですかね」

 引導石柱、それは数万年前にわずかな数だけがピレイマの石工であるサーキュリナスたちによって作られたいわば魔導式の鍵であった。それらは大掛かりな儀式や魔導式の装置を動かしたりするために使われていた旧式の道具で、今ではより小型で性能の良い鍵や魔法がスイッチとなっているためもう使われていない代物であったが、ごく一部のものは仕組みが古いままアップデートされていないため昔ながらの引導石柱を用いなければならないことがある。そういうものは大抵が使う必要がなくなったために放っておかれているのであるが、中にはとてつもなく大きいものを動かす際に必要となるものがあった。何故なら、ものによっては複雑な術式や仕組みのため、鍵を変えようとすると大幅に中身からとっかえたり代用の効かない装置があったりするためである。恐らく、ザガーリィが何かしようとしていたのはそのためだろう。

「わざわざ話す三下に見えるかい、俺が」

「話そうと話すまいと、あなたは三下ですよ。私の前ではねえ」

 にんまりと、口だけが大きく笑った。直後、ヴェッチェの下ろしたままの手の平から五本の毛糸のような紐がザガーリィの五体目がけて目にも止まらぬ速さで巻き付くと、ザガーリィの体に巻き付かれたところを中心に焼かれるような痛みが走った。

「ぐうああーーーっ!?」

 骨の髄まで焼き尽されているようなおぞましい痛みが全身を襲い、立っていられなくなった彼はその場に膝をつこうとするが、彼を縛っている紐はそれを許さず彼に直立の姿勢を維持させた。体をよじって痛みをごまかすことも出来ない残虐さに、後方からそれを覗いていたロバトは震えあがって目を逸らしていたが、当のヴェッチェは口では笑ったまま術を続けていた。

「ほんの序の口ですよ、裏切りの代償は大きいですからあ」

 そう言いながらヴェッチェは術を続けつつ反対の手からまた別の術を出そうと上げた時であった、彼女の右の手のひらに鋭い刃が突きささり、そのまま下へと切り下したのだ。迸る透明な液体と真ん中から小指の方へと切り裂かれてしまった自分の手を見つめ、そして次にザガーリィの方に眼をやった。

「ぐうう、馬鹿め、俺が……こんなので動きを封じられると思うのがお前程度の存在なんだよサヴェッチェ」

 と、顔の左半分で笑って見せた彼の胸は大きく縦に裂け中から一本の長い長い腕が飛び出していた。その先端にはヴェッチェの手を切り裂いたと思わしき鋭い刃が。どうやら彼の体にはいろいろと秘密があるようだ。

「面白いですね……マルカヴァルトゥの一族でしょうか………しかしあの一族は九百二十年も前にヴェンダラ様によって処断されたはずでは……」

 どうやら、ザガーリィの体に何か思い当たる節があったようで、彼女は昔の記憶を手繰り寄せていたが、何分随分昔のことで彼女はまったく関わっていない出来事であったためにそれに関する記憶のつながりが若干厳しいのであった。だが、マルカヴァルトゥという単語を耳にしたザガーリィの表情に僅かばかりだが曇りが出来たことをヴェッチェは見逃さない。

「答えたくないのなら答えなくとも結構ですよ、あとはあなたを潰して情報を取り出すだけです。拷問はそのあとで」

 そう悩まし気な口調で彼女は、再び右目から光線を発射した。だが、ヴァーロに当たった時とは異なり、光線はザガーリィの胸から飛び出した触手に触れると四方に散って消滅してしまった。

「どうもマルカヴァルトゥというものを消すことをお決めになられたエッシャザール皇帝閣下の御判断は正しいと見えますねえ。とりあえず城に戻ったら調べてみましょうか」

 ザガーリィは触手で自らを縛っているヴェッチェの拘束を断ち切ると、数メートル跳びあがり回転しながらヴェッチェの後ろに着地、振り返ることなく背中から大きな剣を模した形に体の一部を変化させヴェッチェの背中目がけて突き出した。

 それをヴェッチェは軽く体をしならせるだけで躱すと今度は肩から蔓を生成しザガーリィの体をがんじがらめにしてあたりの家屋へと思い切り叩きつける。

「ジッとしていなさい、術がかけられないでしょう?」

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