第百十六話 魔風の訪れ
「な、何……敵……」
ユーリィは息を整えながら、村の入り口からやってきた二つの人影らしきものを指してそう尋ねた。
「わかんないけど、あれは多分悪魔だと思う……」
メナースは断言こそしなかったが、見えてきた限りではこちらの世界の種族とはいいがたい容姿と雰囲気を纏っていたその二体の悪魔は、黙って彼らの前十メートルほどで足を止めると、細い方の悪魔、ザガーリィがあたりを見回しながらひとりでに話し始めた。
「海辺の蛮族どもに似てるな……だが、皆死んでいる。お前たちだな」
彼が指しているのは地面に転がっているこの部族のことだろう。海辺の、という言葉には引っかかるものがあるが今はそんなことは些細なことである。それよりも、この悪魔たちは何をしにここまでやってきたというのだろうか。ただわかることは、何かしらの目的があってここに来たということと、他の悪魔たちと違っていきなり襲いかかってくることは無く、理性的にふるまっているという点である。そこから他の悪魔とは異なる存在なのかもしれない、ヘクゼダスのような。だが、ヘクゼダスと違うのは、どことなく人間臭さを感じさせるヘクゼダスに対し、彼らは近寄りがたい異質さを持っていることだった。あの二体はヘクゼダスのように親しくなれる相手ではないと。
続けてその悪魔はメナース達に尋ねる。
「丁度いい、お前たちに聞きたいことがある。答えによっては殺すこともあり、殺さないこともある」
彼の言葉に三人は唾を飲みこむ。下手な受け答えか或いは内容次第でこちらの生死が変わってくるということだろう。メナースたちは、二体の悪魔は自分たちを軽く蹂躙できるほどの力をもっていることを生物の本能として理解していた。だからこそ、落ち着いて、よく考えて答えなければいけない。
「い、いいけど……」
メナースが一歩前に出ると、ザガーリィは顎に手をやってぬるりと頷いて始めの質問を述べた。
「俺たちは仲間を探している。まず、シャーメイゼだ」
「シャ、シャーメイゼって……いえ」
彼女は首を横に振った。何故、悪魔の仲間にシャーメイゼがいるのかが理解できなかった。シャーメイゼと言えば、ピレイマの由緒正しき聖戦士であるはずで、ニフェリアルの悪魔たちとは対立の関係にあり手を組む間柄ではないのだ。どういうことか理解できずにいたが、それでも知らないことは知らないためその旨を伝えると、ザガーリィはしばらくじっとメナースの目を見つめていたがやがてその言葉が真実であることを理解すると二つ目の質問へと続けた。
「次は……腕が五本の女型のサイカロスだ」
「あっ」
しまった、とメナースは口をつぐんだがもう遅い。彼女がその特徴だけで動揺したのを当然ながら見逃さなかったザガーリィは隣のヴァーロに顎で指示すると、ヴァーロは大地を揺らしながらのっしのっしとメナースへと迫り、立ちはだかったノルを腕を払って吹き飛ばし、ユーリィを蹴り上げて家の屋根に打ち上げるとメナースの襟首を太い指で力強く掴んで持ち上げた。
「ぐ、ぐるじぃ……」
ヴァーロの太い指がメナースの喉を圧迫しているのだ。ノルは家の瓦礫に埋まって足だけが見えるがピクリとも動いておらず、ユーリィは体を痙攣させて呻き声すら上げない。僅か一撃で瀕死に追い込まれてしまった二人が彼女を助けることはできない。背後の建物の中にいるジェイラスとイェルヴェルーニウに助けを呼びたいが、それはできない。せめて、せめて二人だけでも健康に残ってくれれば自分たちを待ちに連れ戻すかあるいはイェルヴェルーニウが治療をしてくれるはず、そのためには自分たちが今犠牲となる必要があった。これも、魔法による治療と復活が出来る世界ならではの考えなのかもしれない。
けれども、やはり恐ろしいものは恐ろしく助けて欲しいと涙が頬を伝っていくのを彼女は感じていた。
「ヴァーロ、少し緩めろ。それでは話せない」
背後からゆっくりと歩み寄るザガーリィが淡々とそう告げると、ヴァーロは襟を握っている手を緩めメナースの足がつくくらいの高さに下ろしてやった。
「っくはあっ!……はあ、はあー……」
気道が開かれたメナースは、何度も大きく息を吸い込んで酸素を得ると、湿っている涙の跡を袖で拭うと取り落としていた杖を構えた。
「負けない……あんたたちなんかに、悪魔なんかに!」
「ふうん、威勢がいいのは結構だな。つまらんが」
そう言ってザガーリィは右手を翳すと、手のひらに光球を作り出しメナースが反応する前に屋根に転がるユーリィ目がけて放った。
「あっ!」
気づいたときには、球は彼女の頭上を通り越しており防御など間に合うはずもなかった。自分がつい抵抗の意思を示したために、仲間の命を失う。そんなことを思う暇もなく仲間を失おうとしていたその時、光球はユーリィに直撃する直前に雷によって叩き落とされた。否、正確には雷を纏った槍にだった。
「まだいたのか」
ザガーリィは建物へと目を向けると、メナースは勢いよく振り返った。そこには、険しい顔つきで槍を握りしめているジェイラスの姿があった。彼は槍をくるくると回しながらメナースの横へと進み出ると、二体の悪魔を交互に睨みつける。
「やってくれたな、どこの悪魔か知らないが、お前らまとめて俺がぶっ潰す!」
彼の怒声が森に轟き、そしてそれを聞いたザガーリィは静かに笑う。
「フッフッフ、面白い。潰すか、俺たちを。いいだろう、潰せばいい。潰して見せるがいいさ!」
本当は昨日更新予定だったのですが、完成直前に全部消えて書く気が失せていたので今日になりました。
しかしやはりまだ腹が立っているので今回は短めです。




