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第百十四話 決定打

 彼のその発言はあまりにも心を揺さぶるものであった。

「悪魔を?」

 メナースは眉間に皺を寄せて彼にそう聞き返すと、彼は黙って頷くだけであった。

「信じられない……そんなのずーっと昔の信仰とかそんなんじゃない」

「そうだ、その因習とされ世の中から消え去っていったことがここでは伝統として受け継がれている……見ろ」

 彼が家々を見るように促したのでジェイラスとメナースは促されるまま辺りを見回し、そして気づいた。家に飾られている骨は動物たちのものだとばかり思い込んでいたが、どうも動物にしてはおかしさを覚えるような骨がいくつも散見されるではないか。もしかして、これらの骨はほとんどが悪魔のものだとでもいうのだろうか。

「皆!」

 彼らを現実に戻したのは、後方から聞こえてきたユーリィの声であった。彼女は攻撃を受けて傷ついてはいたが、どうにか早足で動けるくらいの傷で済んでいたためすぐに彼らの元へ復帰することが出来たようだ。彼女は着いて早々何かしらの異変を察しメナースの隣にくっつくと何事かを尋ね、そして手短に説明されると信じられないという表情を全開にしてメナースの足元に転がっているヘクゼダスの足と呪詛師の男を交互に見ていた。

「じゃあ……」

 何かを言いかけた彼女の言葉を遮ってジェイラスが叫んだ。

「来るぞ!」

 ついつい呪詛師から意識が外れていたが、今はまだ戦いの最中である。ジェイラスたちは戦いに戻ると呪詛師の腕も回復しており、また一からやり直しのような状況になっていた。

「しまったな」

 ジェイラスは悪態をつく。イェルヴェルーニウのせいにするわけではないが、彼の話があまりにも衝撃的であったためつい意識を逸らしてしまったのだ。話くらい後でも聞けるので、今のうちに仕留めておかねばならなかったはずだというのに、まだ戦士として一人前には届かないということだろう。

「どうするジェイラース!もうっ!」

 呪詛師が放りなげてきた建材の一部を杖に纏わせた術で打ち払いつつ作戦を尋ねる。

「悪い!ちょっと万事休すかもな!この!この!」

「はあ!?」

 彼らは各々防御と攻撃を繰り返していたが、強力な相手にばらばらな攻撃では立ち向かうことはできない、あいつを倒すには皆が連携を行わなければいけないのだ。

「そういやノルは!」

 ユーリィが次の矢をつがえながら、自分より前に吹っ飛ばされてから姿が見当たらないノルのことを尋ねると、誰もわからないと首を横に振るばかりである。

「あの頑丈なノルが全然出てこないってことはもしかしたら酷いけがでも負ってるのかも」

「じゃ、じゃあ行かなきゃいけなくない?」

「うん、だけど今はノルを信じて、兎に角あいつを倒してからじゃないと」

 そこまで言うと、メナースはいまだ戦意の衰えていない呪詛師を睨みつけて言葉をつづけた。

「皆、死んじゃう」

 彼女のそのいつになく重たげな言葉に、ユーリィも小さく頷くと残り少ない矢をつがえた。

 ジェイラスも勝負を仕掛けるため、別の術を発動させるべく詠唱を始める。

「螺旋の一手よ、マガナムナンの鋭き一突きよ、我が一本の刃の元にその力を与えたまえ、しからば御身の元へと供物を差し出さん……」

 穂先から緑の炎が消えると、今度は何も槍に纏わせることはなかった。術の不発だろうか、いや違う、これこそこの槍術の特徴であった。特別な何かを纏わなくともその切っ先には強力な力が込められている、槍の神マガナムナンの力を借りる代わりにその一撃のもとに仕留め対価とするこの術は、槍の使い手となるものがまず越えなければならない山であり、彼は今までつかったことのないこの術をもって目の前の強敵を仕留めることを誓った。

「マガナムナーリバウ……そうか」

 彼がこの一撃で勝負を決めるつもりであることを悟ったイェルヴェルーニウは、一考するとその無謀で儚い彼の決意に微笑むと手にした金属の輪を構えた。

(いいだろう、乗ってやろう……その君の賭けに)

「マルディフィ・ラバーティニエナイア・ラストールガルトフ」

 彼は輪を体の周りに大きく円を描くように動かしながら長ったらしく発音のしづらそうな詠唱を行うと、最後に輪を前に突き出し締めの言葉を紡ぐ。

「ジェト」

 彼の手元がシフスの輝きによって大きく煌き、青い光が地面へと吸い込まれていったかと思うと、そのまま光は尾を引きつつ地面を走った。始めてみる不思議な光景にメナースは目を奪われつつも、ジェイラスの攻撃が必中するため、相手の動きを封じるための魔法を放った。

「ラーグナ!」

 刹那、呪詛師の周囲に炎の壁が彼を囲むように舞い上がり、一瞬であったが緑の腕を根元近くから切断した。敵はすぐに腕を再生させるとともに炎の壁を打ち破ったため彼女の牽制攻撃は一瞬の時間稼ぎしかできなかったものの、その一瞬でも間合いを詰めるにはかなりの時間を稼いでいた。だが、それでもやはり足りない、このままでは真正面からあの腕の攻撃を受けてジェイラスは酷いことになるだろう。

「当たって……」

 そこに、ユーリィの放った矢が敵の右足を貫いた。文字通り、突き刺さるのではなく貫通したのだ。小柄で非力な彼女でも、弩をつかえば連射性では劣るものの威力を高めて矢を放つことが出来た。膝をつく呪詛師に畳みかけるようにジェイラスは一気に速度を上げて突っ込む。仮面の奥から淀んだ眼が彼を捉え、呪詛師は膝をついたまま左手を振るうと今度はゾイフォンデらしき炎の球が彼目がけて放り投げられたが、苦し紛れの一発は彼の盾を掠めて後方の民家へと着弾し炎上させた。

 敵は足を回復させると立ち上がり、ジェイラスに近づかれすぎたため一旦間合いを取ろうと下がる。だが、何かに足を掴まれたかのように地面から動かないのだ。彼が自分の足を見下ろすと、なんと土が隆起して両方の足を膝までがっちりと覆っていたのだ。その術者のほうを睨むと、頭まですっぽりと覆ったローブを纏った人間がまるでほくそ笑んでいるかのようにこちらを見つめているではないか。既に目の前にはジェイラスが槍を振りかぶっている、獣のような声を上げると呪詛師は体をよじるが、体を拘束する地面は崩れるどころかより上へ上へと登ってきてもう胸の辺りまで迫っている。

「これでーっ!」

 ジェイラスは叫ぶ。が、目の前にして呪詛師は別の術を発動、胸が裂けその間から赤黒い一本の腕が飛び出したのだ。その血濡れの腕は彼の鎧の一部を掴むと放り投げるために持ち上げる。

「まずいっ!これを当てねえといけないってのによ!」

 既にマガナムナーリバウは発動している、術が解ける前に一撃をぶち込まねば、代償が使用者に跳ね返ってくるのだ。

「クソ!」

 メナースはゾイフォンデを放とうとするが間に合わない。イェルヴェルーニウもまさかそんなものを使ってくるとは思いもよらなかったため思考が停止してしまい遅れる。ユーリィもまだ矢を矢筒から拾い上げている真っ最中であった。もう駄目だ、そう皆が覚悟したときであった。

「うおおおーーっ!」

 呪詛師の背後から男の雄たけびが森に轟き渡る。新たな敵かとジェイラスたちがその声のする方を見遣ると同時に、思い切り手斧を呪詛師の背中目がけて振り下ろすノルの姿があったのだ。

「ええっ!」

 思いもよらない伏兵の登場に味方であるはずのジェイラスたちも思わず驚き戸惑ってしまったが、斧が振り下ろされた直後、呪詛師の背中から大量の血が噴き出しジェイラスを掴む力が弱まったのに気づくと、ジェイラスは地面に着地し、再び思い切り右腕に力を込めて槍を彼の胸目がけて突き出した。

 穂先は呪詛師の背中から飛び出し、虫のような鳴き声じみた声を上げ、遂に呪詛師は力尽きて地面に崩れ落ちた。

「はあ、はあ……はああー……」

 ジェイラスは代償の逆流がないことを確かめると、まだ突き刺さったままの槍から手を離しその場にへたりこんだ。

 その直後、歓声と共にメナースとユーリィが飛び込んで来、さらにその三人まとめてノルがその大きな腕で抱きしめ抱え上げた。

「はは、やったぜ……」

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