第百十三話 呪詛師(アギウレ)
「うおおっ!」
咄嗟のことであったため回避が出来なかったジェイラスは、緑の腕に見事に捕まってしまいそのままの勢いで家の壁へと叩きつけられてしまった。崩壊した住宅の瓦礫に埋もれるジェイラス、
「ジェイラス!!」
彼が一瞬でやられたのを目にしたメナースは手のひらに土と石と木の枝で構成された球を複数生成しながら一人駆け出し、小屋へと走る。小屋からゆっくりと這い出すように出てきたのは、他の者たちとは異なった風貌をしている初老の男であった。あちこちに刺青を入れ、いろいろな動物の骨で出来た飾りをぶら下げており、それだけでも物々しかったが、仮面の奥に覗く淀み切った目に含まれた呪いのような何かこそが、一番その者を恐怖たらしめる要因なのかもしれない。
そいつは右腕を払うと、それと同時に現れた先ほどの巨大な手が現れそのままメナースを薙いで丸太の柵へと叩きつけた。
「っぐう!!」
地面に倒れこむ彼女だが、外傷は見られず柵を支えにすぐに立ち上がり始めた。それを見た男は目を細める。通常なら今の一撃で彼女は即死していただろう、だがイェルヴェルーニウの防禦術により衝撃の殆どを緩和していたために彼女は大したダメージを負わずに済んでいたのだ。
「どういうこと?」
メナースは自分を吹き飛ばした魔法に違和感を覚える。今まで見たことのない魔法ということもあるが、魔法の感触が魔法独特の触り心地とはまた違い、どちらかというと鈍器など武器のような魔法を介さない攻撃を受けた時のような感触のように感じられたのだ。しかし、あの緑の腕はどう見ても魔法によってできたものである。
(これがさっき感じた奇妙な感じってやつ!?)
魔法とも呪術とも言い難いソレに直面した彼女は戸惑っていた。
また、イェルヴェルーニウも眉を顰め考えを巡らせる。全貌を知られている魔法なら、それを打ち消す消滅詠唱を行えばいかなる魔法でも解除できるが、見たこともない術ならばそうはいかない。せめて基礎となったあるいは一部を構成している術さえわかれば、そちらの方の消滅詠唱をすることで効果を一部分だけでも失わせることが出来る。
「ノル!い、行くよお!」
「わかった」
あっという間に二人が吹っ飛ばされたのを目にしたノルとユーリィは、震える足をおして二人の援護のために前に飛び出す。
「待て……ああ……」
二人を止めようと声をかけるが、彼らの耳にその声は届いていない。ユーリィは片膝をついて男を狙うとその足を狙って矢を放つ。だが、外れてしまうがそれに気を一瞬でもとられた隙にノルが側面から近づき斧を振りかぶった。対して男は少しも動じることなく何かを唱えると右肩から腕のようなものが生え、勢いよくノル目がけて伸び、彼を柵の向こうへと弾き飛ばした。
「つ、強すぎっしょ……」
メナースは足元に再び土の球を作りながら男の強さに引いていた。何か対抗策さえあればと男を注視していると、男の実際の手が真っ黒い液体に染まっていることに気づいた。日差しに反射していることからまだ湿っていることがわかる、つまり先ほどそれに濡れたばかりだろう。そう言えば、男の仮面や腰みの、靴なんかも同じように黒く染まっているではないか。だとすると……まさか……
そんな嫌な予感を頭から追い出すように彼女は頭を振ると、次々と球を創り出しながらアクロバティックな動きですべてを男めがけて蹴り飛ばしていった。魔法によるコントロールが加わり正確にターゲットのもとへと飛んでいった球は男が作り出した巨大なもう片方の腕によって防がれてしまったが、一発が足に命中した。たまらず片膝をつく彼に、すかさず彼女とユーリィは追撃を始めた。
「このっ!このっ!」
矢と魔法とが男めがけて撃ちだされている最中、瓦礫を押しのけてようやくジェイラスが起き上がった。
「くっそ………効いたぜ畜生」
体に乗っかっているものを払いのけて彼は立ち上がろうとしたところで、べっちょりとした何かが腹の上に乗っかっていることに気づき、悪態をつきながらそれを持ち上げた。始めは捌いている途中の魚か何かかと思っていた、漁村出身のためこのような感覚はついついそう思い込んでしまうのだ。だが、彼の手に握られていたのはそんな生易しいものではなかった。
「あ……?」
太さは丁度彼の着込んでいる鎧の二の腕の部分と同じくらい、だがとても生物的な感触であり、先の方で思い切り曲がっており、さらにその先端には六本の尖った突起が確認できた。そして反対側からはさきほどの水っぽい感触の正体がにじみ出しており、彼は目を丸くすると叫び声を上げて放り投げた。宙を回転しながら舞ったそれはメナースの足元へとうまいこと落着し、魔法を放つ合間にそちらに視線を落とした彼女は数秒の後目を見張り叫び声を上げた。
「いっやああああ!!」
何事かとそちらに意識を取られたユーリィは目を男から離してしまい、緑の腕によって村の入り口近くまで吹っ飛ばされてしまった。
「こ、これ!!」
彼女が目を背けたもの、それはどう見ても足であった。それも見覚えのある、巨大な足。彼女の足元に子がっていたのは紛れもなくヘクゼダスの片足であった。脛の途中からくらいであろうか、つま先までそろっているようだがところどころ人為的に表皮が剥がされたようなところがあり、そこから血肉がむき出しとなっているではないか。その奥には骨のようなものも。
いつの間にメナースのいるの家屋の影にまで移動していたイェルヴェルーニウは、彼女の足元に転がっている足に注目していた。確かに、人間のそれとはいいがたい見た目をしている。彼は吸収した記憶を思い出しうっすらと映るヘクゼダスの足に注目し彼の右足の一部と合致すると検討をつけると、戦意喪失していたメナースを狙った攻撃を彼女の前に透明な盾を術で創り出し防ぐと攻撃を促す。
「まだ死んでいるとは決めつけられない、兎に角あいつを倒さねばにっちもさっちもいかないぞ」
まさか彼にそんなことを言われるとは思ってもみなかったメナースとジェイラスは口を開けて戸惑いつつも頷き、立ち上がった。
「援護頼む!」
ジェイラスは槍に再び緑の炎を纏わせ盾を前に前進する。今度は弾き飛ばされぬよう腰を落として一歩一歩地面を掴むように踏みしめながら歩いていく。メナースも右手にゾイフォンデ、左手にベゼー=ダルメニャという空気を固めて作り出したとげとげしい輪を創り出すとまずゾイフォンデを放った。まっすぐ飛んだ火球はやはり緑の手によって防がれてしまったが、着弾したとたん一瞬だが周りのシフスを吸い込んで消滅したのだ。それには放ったメナースも驚いていたのだが、魔法の学問の心得のある彼女にはその理由がすぐにわかり、イェルヴェルーニウのほうを振り返った。すると彼は自分の仕業だというように左手をスッと上げる仕草を見せた。
(いつの間に……)
他人の魔法に別の魔法を組み込むとは、つくづくぶっとんだ魔法の使い手のようだ。彼女はそのまま左手の輪を見て恐らくこちらにも彼によって新たな魔法効果が付与されているのだろうと見当をつけると、大きく体を捻って綺麗なフォームで輪を投げつけた。大きくカーブを描きながらもう片方の腕の横をすり抜けていった輪は、触れてもいない腕の表面を切り裂きつつも勢いを殺すことなく飛び男の腕を肩から切り落として後方の小屋の柱に突き刺さった。
「うっわ……」
思わぬグロッキーを起こしたことにメナースはドン引きしつつも、イェルヴェルーニウの仕業だろうと下唇を軽く噛む。
「ジェイラス!」
「任せろ!」
ジェイラスはチャンスとばかりに駆け足になると、脇を引き締め槍を前に着きだしながら敵へと迫った。男の方はもがれた右腕から激しく血を噴き出しながらも動じているようには見えず、それどころか止血しようとする素振りすら見せないまま新たに詠唱を始めたのだ。
「嘘でしょ……」
三人の目の前で、男の千切れた右腕が見る見るうちに傷口から生成されものの三秒ほどで完全に元通りとなってしまった。そして間髪入れずに傍にあった部族の死体を魔法を使って操りジェイラスと戦わせ始めたのだ。
「あれは悪魔の力でも取り込んだか」
「えっ!」
イェルヴェルーニウには心当たりがあった。千切れた体を元通りくっつけたり死んだものを生き返らせる魔法は効果はそれぞれだがいくつも存在する。だが、ヴァルフェグだとか、ミジューダルナンティルのような特別シフスに恵まれている種族でもなければああも一瞬で治すのはなかなかに難しい。イェルヴェルーニウにだって出来ない。それをだ、あの呪詛師のような気味の悪い部族の男はそれをやってのけたのだ、あろうことか腕がちぎれ飛ぶ痛みにすら動じず。それにシフスが血と共に傷口から高速で流出していたはずで、あんな術を使えるのもまたおかしい。彼は自らの見立てを呟く。
「やはり……悪魔を食らったな」
衝撃が、走った。




