第百十二話 悪辣たる術
ジェイラスは敵の注目を一身に受けつつ進む。攻撃も想定していたよりも熾烈さはなく単騎でも十分に対応できるほどであったが、これは運よく村には少数の男と残りは一部の女子供くらいしかいなかったためであった。戦士たち若い男は今別のことに気を取られて外に出ていたのだ。
それでもやはり、時折対応しきれない敵が出てくることもある。四人目を切り捨てたところで近くの粗末な小屋が震え始めたことに気づき、ジェイラスは足を止めそちらの方に意識をやる。
「……なんだ?」
腰を落として身構えていると、草の戸を突き破るようにして何か大きなものが目にも止まらぬ速さで飛び出し彼にとびかかってきたのだ。反射的に盾で庇いつつ仰向けに倒れてそれを受け流してまたすぐに立ち上がり自分を襲ってきたものの正体を見て彼は眉間に皺を寄せた。
「レベか!」
彼を襲ったものの正体、それは六本足の獣レベであった。四つん這いになった時の大きさは百二十センチ程、前腕の爪と顎からチラリと見え隠れする黒い牙が特徴の獣である。この島ではいうなれば犬のような役目をはたしているこの獣は、島の外なら大体恐ろしい獣として扱われているのだが、よくもまああんな理性の欠片もない獣を飼いならしているものだと呆れている彼の背後から手斧を握りしめた女が接近していたのだが彼の意識はレベに集中しており気づいていない。
手斧の範囲まで接近され彼の首元目がけて斧が横薙ぎされる。いくら頑丈な鎧でも、鎧同士の隙間を狙われれば元も子もない。斧が首元僅か三十センチというところで遠くから飛来した一本の矢が斧を持った女の手の肘を撃ち抜き、千切れた腕が慣性に従って向こう側へと飛んでいったが斧は矢が命中したこととそれに伴い腕が千切れコースが狂ったことで刃の横っ面が兜にぶち当たって甲高い音を立てて地面に落ちた。
「おあっ!!」
頭に大きな振動が与えられ驚いたジェイラスは思わず背後を振り返る。するとそこには右腕の肘から先がもがれ地面にのたうち回っている部族の女がいたため、何事かと一瞬硬直するが、向こうの方に小さな弩を構えたユーリィの姿が見えたので彼女の援護射撃によるものだと気づいてまたレベの方を向き直る。が、向き直った時既にレベの大きく開かれた口とそこから伸びる牙が彼の眼前に迫っていた。狩りをする獣は、獲物が背中を見せた時に襲い掛かる。一瞬でも側頭部を見せた彼の視線が自分から切れたことに気づいたレベは一瞬の隙も逃さず首元に襲い掛かってきたのだ。
流石にこれには対応が出来なかった。野生動物の速度は人間の反射を遥かに超える。首元に思い切り食らいつかれたジェイラスは、百キロを超す重量に押され地面に押し倒されてしまった。首元にはレベがかみついて息の根を止めようととてつもない力で顎を締め付ける。しかし、彼の首は鎧の首当てがしっかりと保護しており、レベの牙は頑丈な装甲を破ることはできず、歯が立たないと理解したため三メートルほど後ろに飛び退って距離を取ると、唸って威嚇しつつもう一度飛び掛かろうとする。が、今度は火球が近くに着弾したため飛び掛かることはやめ更に距離をとる。
「何やってんのかしらあのバカ!」
そう罵るのはメナースである。ゾイフォンデを放って牽制をかけたのは彼女であった。今の支援がなければ彼は足に食らいつかれ振り回され良くて骨折悪ければ膝から先を食いちぎられていたであろう。獣の力というのはそれほどに強力なのである。
「メナースか?助かる……よっと」
起き上がる余裕を与えられたジェイラスは、重たく動きづらい鎧に四苦八苦しながらなんとか起き上がると槍を構えなおす。プレートメイルである彼の鎧は体のいたるところを守るためにいくらか機動性や柔軟性を犠牲にしており、着ている間は体の動きが制限される。普通なら体を捻って起き上がれるようなことでも、今の彼は寝た状態で上半身だけを起こすようなことは胴の鎧が邪魔するためほとんどできず、腕や体を鎧の中で捻っても外側のプレートメイルは向きが変わらないためあまり意味がないのだ。手っ取り早く起き上がるには転がってうつぶせになり、そこから四つん這いにまで起き上がり片膝立ち、そして立ち上がるという順を追った方が良いだろう。彼もその要領で鎧をガチャつかせながら起き上がり正面を向き直ると、レベとの距離を確認して槍を構え直す。
「しゃーない、あれ、使うか」
彼は左手の人差し指と中指を伸ばして柄の一部を二度撫でて呟く。
「ライニバートの精霊よ、マルガタの遺灰よ、今この切っ先に罪を裁く炎を宿せ」
すると、彼の持つ槍の穂先に鮮やかな緑色の炎が纏ったのだ。罪を裁く緑色の炎、しかしその炎は槍や使用者を焼くことはない。その炎が焼くのは敵のみである。実は、鎧を着こむ者にこの裁定緑炎のような熱を持たない炎は人気が高い。何故なら通常の炎の術を使うと大概至近距離にあるためその熱が着込んでいるプレートメイルや鎖帷子など金属製の防具をカンカンに暖めて火傷を負いかねないためである。火傷をせずとも熱で焼けが出来たり鎧が傷んだりや、酷く鎧の中が熱くなるということもあるのだ。それに炎に直接触れている武器の傷みも早くなる。
「ちっ……」
両者の睨意味合いは、三メートルほどの間合いを挟んで続けられる。じわりじわりと互いに円を描きつつ隙を伺っては、決定的な攻撃の機会を見いだせずにいた。そんな両者にも構わず、部族たちは攻撃を仕掛けてくる。それをユーリィとメナースが遠距離から支援しつつ、その間にノルが死角から近づいていく。
そんな中、イェルヴェルーニウが何かの気配を感じたようで、腰を上げて村の奥の方を見つめているようであることにメナースは気づき、ゾイフォンデの狙いを定めながら何事かと尋ねる。
「……どしたの?」
彼女の問いかけに彼はわからないと答える。
「どういうこと?」
「魔法の気配を向こうに感じるが……シフスの気配じゃない……これは似たような……しかし人間のものでもラヴタル(※1)のでも、動物のでもない……」
だとすると、答えは自ずと導き出される。
「つまり、悪魔のような?」
と尋ねたメナースに対し、彼はやはり首を捻って煮え切らない返答を返すばかりであった。
「見てみないことには……」
「見るってったって……あれ?」
メナースはジェイラスを支援するのも忘れ、彼の向こう側に彼女も違和感を覚える。これが彼の言っている魔法の気配だろうか、だが彼の言う通り何かがおかしい。通常感じられる魔法の空気ではないのだが、魔法の成分も色濃く含んでいるのだ。
「何してんの!距離詰めるよ!」
ここで二人はユーリィの叱責によっていったんそちらへの集中を切り茂みに隠れつつ村へと近づいていく。
「このクソくらえボケ!!」
ジェイラスは槍の柄に食らいついていたレベを蹴飛ばすと裁定緑炎を纏わせた槍を思い切りぶん回して顔面を切りつけた。質量と炎とによって頭蓋骨を粉砕されたレベは、脳味噌と血を地面に飛び散らせながら遂に倒れる。彼は痙攣する死骸の横を通り過ぎながら、槍を振り回して部族を牽制しつつ村の中へ中へと追い込んでいく。それに伴って他の四人もどんどん距離を詰めて村の入り口から十メートルほどまで接近した。
「俺が行く……」
先に待機して入り口付近の安全を確保していたノルを先頭に三人は村内へと侵入する。中では既にジェイラスがさらに三人の部族を始末して奥にある建物へと追い詰めていた。その建物に、イェルヴェルーニウとメナースはハッとする。他の住居よりも飾りの多いその家こそ、二人がただならぬ気配を感じた場所なのだ。その気配は徐々に大きくなっていくが、ジェイラスが気づく気配は無い。気が付くとメナースは身を乗り出してジェイラスに下がるように叫んでいた。
「ジェイラーース!!ダメ――!戻ってえーーっ!!」
「えっ?」
次の瞬間、住居の壁をすり抜けて深緑色の大きな手が彼の体を掴んでいた。
※1 ラヴタル:シーパリトル島に住まうシフスの豊富な種族。体が甲殻に覆われており腕も六本あるためよく悪魔と見間違われ悲惨な歴史を背負ってきたため、絶海の孤島シーパリトルに移り住んだ。最近ではいっそ別の世界に隠れようという研究がなされているという噂がある。




