第百十一話 騎士は孤独なれど孤独ではなく、そして孤独となる。
「なあ、これ」
ジェイラスは地面に落ちているあるものに気づき、拾い上げると木漏れ日にかざしながら皆に見せた。三人はそれに視線を向けると何やら黒い石の欠片のように見えるが。
「なにそれ」
ユーリィが尋ねると、ノルが珍しく声を上げた。
「槍の……切っ先の欠片」
彼の言った槍とはどの槍のことだろうか、するとメナースが思い出したようにあっと声を上げ懐から同じような黒い石の欠片を取り出して見せた。
「これ、あの部族の武器に使ってた石じゃない!?あっこれは私の腕に刺さってた石なんだけど何かの役に立つかと思ってもらっといたの」
彼女の手のひらに載っているのは二センチ四方の欠片で、決して小さくはないこの欠片に謎の毒物が塗布され深々と彼女の肩に刺さっていたらしい。まさか毒は残っていないだろうなとジェイラスは警戒しつつ自分の拾った石を近づけると、確かに同じ材質だった。つまり、これはあの部族の武器の一部とみて間違いないだろう。ここは完全に奴らのテリトリーに入っているという証明にもなる。そんなこと既にバローロミナンの史跡に戻ってきた時点でわかってはいたのだが、いざこうしてその事実を突きつけられると緊張してしまう。
気が張り詰めている空気をやわらげ緊張をほぐすためにジェイラスは皆を勇気づける言葉を発する。
「なあに、あの時は不意を突かれただけだから今度はしっかり構えていればいいさ。それに今回はイェルヴェルーニウがいるんだからな!」
「そ、そうだよね!大丈夫だよきっと!」
「うん!落ち着いてかかれば大丈夫だから!」
それに合わせて空元気を振り絞って自分たちを勇気づけてなんとか士気を保つと、五人はより慎重に歩を進めていく。いつ奴らの突然ばったり出くわすかもしれないのだ、吐く息すら敏感になっていた。
「待て」
先頭を行くジェイラスが再び何かを見つけたようで止まるように指示すると、何かを拾い上げた。
「今度は何?」
「貝だ」
「貝?」
そう、と答えて彼がさし出した手には彼の言う通り一枚の貝殻が乗っていた。
「それがどうしたのさ、貝くらいこの島にだっているでしょ」
と面倒くさそうに答えるメナースに、ジェイラスは首を振った。
「こいつは海の貝だ、ここにいるわけない」
「あっ」
ここは海からはしばらくはなれている、そんなところに傷も大してない貝殻が自然に落ちているわけがないのだ、ということはあの部族が捨てたということに。
「そしてつまり」
「奴らの生活圏だ」
ジェイラスの言葉の続きを言ったのは最後尾のノルの一つ前にいるイェルヴェルーニウであった。彼は周囲に眼を向けているとある一点を指してみるように促す。皆がその方向を一斉に向くと十メートルほど離れた場所に白く大きな何かが見え、ゆっくりとそちらへ近づく。そして彼らが見たものは、落窪んだ場所を覆いつくすように大量に折り重なった貝や動物の骨、木の実の殻といったゴミであった。ここはつまりいうなれば貝塚、もう目と鼻の先に彼らの居住地があるのだろう。
「ああーっと、とりあえず下がろうぜ。いつ出くわすかもわかんねえ」
「そうだね……」
そっと五人が下がって元の場所に戻るとそのまままた進む。
それから更に五分ほど歩くと鬱蒼と茂っているはずの森の向こうに光が見えるではないか、つまりそこは開けた空間が存在しているということになる。五人はサッとその手前の背の低い木々のもとにしゃがむとそこから向こうを見た。
「わあ……うそぉ」
その光景を見たユーリィが心底嫌そうにそう呟いた。
そこにあったのはあの部族の生活空間であった。少なくとも十人以上のあの部族が外には出ており、開けた土地には木々で組まれた家々に畑、中心には焚火と何やら祭壇のようなオブジェ。どうみても嫌な使われ方しかしていないはずだ。そして何より目を引くのが村を囲むように配置された柵。棘や返しが組まれた柵は外敵から守るためで、思いのほかあの野蛮人どもが文化的な生活をしているという事実に驚いてしまう。
「どうする?」
闇雲に突撃しては全滅は必至である、何か作戦を立てたいところだが予想以上に防御がしっかりしているので生半可な計画ではだめだろう。必死に考えを巡らせ策を練るジェイラスは、やがてある一つの案を思いついた。それは、彼の経験と本当の戦列騎士たちから教わった戦列騎士の誇りをもってして遂行される作戦であったが、危険を身にまとうようなものであった。
「……ほんとにそれでいいの?」
彼から作戦の内容を聞かされたメナースがとても不安げにそう問いかけると、彼は小さく頷いて答える。
「皆を信じてるからな」
その言葉には、イェルヴェルーニウも含まれている。彼からしてみればどうしてこんな自分を、まだ会って間もないというのに信じるというのかと彼のその心理を不思議に思っていたのだが、彼の兜の隙間から覗く眼差しに思うところがあったらしく、ため息を一つついた後了承の旨を伝えた。
「……私はそこまで戦闘術を使えるわけではない、もっぱら支援だ……だから彼の戦闘援護は君がするといい」
彼は物質用防御魔法をジェイラスの鎧と盾に振りまきながらメナースにそう伝える。その言葉を言われた彼女は、そのさりげなさが彼らしさなのだろうと理解しつつも久しぶりに見せた笑顔で歯を見せながらうんと頷いた。
「私も精一杯援護するから」
「俺も……頑張る」
ユーリィとノルも神妙な面持ちでそう誓う。
「皆、ありがとう。俺は死ぬつもりはないしヘクゼダスを助けるつもりだ……だからみんなも死なないでくれ。それじゃあ……行くぜ」
彼は彼の助けた戦列騎士の戦闘前の習わしである手の甲を皆の手の甲に当てあって、戦の無事と順調な遂行を祈ると、槍と盾を握りしめ立ち上がる。彼の一つ一つの動作によって鎧のプレート同士が擦れあいぶつかり合って金属音を立てる。
「さてと……」
一人彼は村の正面入り口へと立ち、バイザーをスライドさせる。この誉れあるゼバルダー式プレートメイルなら、石の武器程度防御力と加護によって何ほどのこともないがそれに仲間の防御魔法などがプラスされているため、蛮族程度の攻撃ならきっと無敵のはずだ。その安心感が彼の心にも余裕を持たせる。
(戦列騎士は常に一人ではない、隣には素晴らしき同胞が盾を構えている)
彼は、戦列騎士がよく使う言葉を頭の中で反復した。これもまた、彼らから教わった言葉の一つで共に並んで戦火の中を突き進む彼らが自らを勇気づけるための言葉である。これを思い出すと不思議と隣りに同じように戦列騎士がファランクスを組んでくれているような気がして、とても心強い。
何度もその言葉を繰り返しながら仲間が見守る中彼は進んだ。その言葉には実は続きがあるのだが、ここでは彼は敢えてその続きを切ることで自らの意思を強調する。
村内でも正面に部外者が近づいていることに気づき、急いで戦士たちが武器を取り女子供は下がっていく。ジェイラスとしては総動員で襲ってくるものと思っていたためこれは嬉しい誤算であったので行進の速度を自然と速めてしまう。
「よーし!来い!」
まず最初に投石が行われた。小さな石が手持ちの投石器より幾つも降り注ぐがその程度の攻撃、今の彼には少しも通用しない。もし彼らが戦闘を行うことをわかっていたのならばあらかじめそこらへんで適切な石を拾ってくることが出来たであろうが、これは予期せぬ戦闘であったため身近に落ちている僅かばかりの石を使わざるを得なかったのだ。すぐに石もつき続いては石槍を持った戦士たちが五名襲い掛かってきた。一人が投げた槍を盾で弾き飛ばすと、既に飛び掛かってきていた一人を返す槍で思い切りどてっぱらを貫き、遠心力を利用して放り捨て抜いた。
「俺は戦列騎士だ!お前らなんざ、準備すりゃあ皆殺しだあ!」




