第百十話 死刑執行人ヴェッチェの思案
ジェイラス組、ヴェッチェ組、そしてザガーリィ組主に三つのまとまりに分かれて悪魔や人間たちは島内を散策している現状、彼らが皆追い求めているのはおおよそ同じ人物であり彼らが目指すところは一様に島のとある地点であった。様々な痕跡や感覚を頼りに彼らはその場所へと集まっていく、そこに彼がいるのだ、異世界の人間より転生せし特別なサイカロスの眷属が。
現在ヴェッチェとロバトのベラミナム教に偽装した凸凹コンビはポラーの町を出た後道なりに島の中心へと向かってマイペースに歩いていた。特別急ぐというフリを見せることもなければかといって途中でお花畑によって憩うなどという道草を食う程の余裕っぷりを見せるでもなく、ただしっとりと着実に道を進み続けていた。
「あのー」
少し左のかかとが痛くなり始めたのを感じているロバトは尋ねる。
「何でしょう」
二メートルほど前を行くヴェッチェは振り返ることもなく二本の足ですたすた進む。用があるならさっさと言えといわんばかりの背中に彼は尋ねてよいものか迷ったが思い切って聞いてみた。
「ヘクゼダスの場所わかるんですか?」
彼女はずっと一度も立ち止まることなく進み続けているが、果たして一体どういう手掛かりでも手に入れたのだろうかと気になっていた。もしあてずっぽうに進み続けていたのだとしたら、幾分彼女に対し失望の念を抱かざるを得なくなる。だがそんなことは心配するだけ無駄であったようだ。彼女は当然ですと答えると些か小馬鹿にしたような声色でポラーで起きた一瞬の惨劇について語った。
「もうお忘れで?シラバルサンサの民は忘却の術でも常にかけられているのでしょうか。私はあの時あの場所にいたもの全員、貴方を除いて記憶を奪ったのですよ。あれだけいればそれぞれの情報は断片的でもそれらをつなぎ合わせればおのずと行先はいくらかに絞られてくるのです」
「なるほどぉ」
そう言えばそうであった。しかし、自分の中に誰かの記憶が入り込んだことがないためそう言われてあまり想像できないため、いまいちそういうことなのだろうという納得がしづらくはあった。やはり、自分で体験できないことには。
ヴェッチェの中には沢山の他者の知識が備わっており、その対象は人間から他の種族、はたまた同じサイカロスや果てにはピレイマの天使のものまで多岐に渡っていた。長い年月をかけて収集されたそれら記憶は彼女の知識の半分を司っており彼女を若くして役職につかせるだけの働きをしていた。また、彼女の急襲した記憶は全てが蓄積保存されているわけではない。年月にしておよそ十二万年分近い知識となるため、いくら彼女の優れた脳でもそれだけの知識をすべてため込めて置けるわけではない、そのため得た記憶を取捨選択し必要と思った物だけを脳内に止めて残りは削除して圧縮しているのだ。故に、今彼女が持ち合わせている他者の記憶は一万年ほどとなる。
いずれこの状況を脱しマヨルドロッタに戻ればそう遠くないうちに得たばかりの野蛮人どもの知識を整理するだろう、恐らく一%も残るまい。彼女にしてみれば、彼らの記憶など無駄も無駄でしかないのだろう。
そんな彼らがもう三時間も歩き詰めになっていたころ合いであっただろうか、細くなり始めた道を行く彼らの一キロほど前方の森を何か大きなものがとてつもない速度で駆け抜けていくのが木々の頭の向こうに、木や土が高く舞い上げられるという形で見えていた。
「なんだ、あれ」
まさか強力な悪魔による突進などと思いもよらないロバトは、呑気に尻を掻きながらボケーっと見上げていた。対してヴェッチェは既にそれが同じサイカロスによって起こされたものだと感じ取っており消去法でこの地方にあるサイカロスの拠点、地底宮殿ベルザミナ・アーク所属のサイカロスかあるいはザガーリィという裏切者のサイカロスの一味のどちらかであろうと踏んでおり、恐らく後者であろうということはなんとなく察せていた。彼女としては探知の術ではっきりとその正体を探っておきたかったところではあったものの、ザガーリィと同じくこの島では何故かそう言った類の術が全くもって効果を発揮せずじれったく感じていた。彼女のような強力な悪魔をもってしてもこの島の何らかの力を打ち破るには届かなかった。
「信じられませんねえ」
この島の謎についてそう呟いたのだが、ロバトは今しがた通り過ぎた何かについての発言と思い頷きなががら相槌を打っていた。
「そっすねえ」
そんな彼の返しには一切の反応も見せずに彼女は考え事に再び没頭しながら道なりに歩いていた。
(ここには謎の野蛮部族が住んでいる、それも複数。彼らは出会う者すべてを分け隔てなく襲い、殺し、或いは連れ去っていく。彼らの目的は誰も知らない、彼らと出会って返ってきた者は実に僅かである……一体何故そのような野蛮人どもを私は知らなかったのか。まあそもそもこんな場所に興味がなかったものだから知ろうと考えることもなかったのが原因ではあるけれど。彼らの目的は何か、恐らくヘクゼダスののろまはそれに掴まったかまたは……いえ、それはありえない。それより気がかりなのがその馬鹿なサイカロスを探している人間たちがいること。何故?何をしようと?あのバカにそんな価値はない筈、拷問をして聞き出すとしても、何を引き出せる?いや、何も知らなさすぎるあのクズは。その点を考慮すれば役立たずの不勉強さが功を奏したというところか……)
ジェイラスたちの情報は、偶然吸い取った記憶の内の一人が持ち合わせていた。港のほうの町でサイカロスについて興味のある変人を探しているという鎧の戦士がいると耳にした男があの酒場にはいた。サイカロス狩りを目的とする命知らずは世の常ではあるが、その戦士たちは狩るためではなくまた異なる別の何かのためにとあるサイカロスを探すために森に行くのだと。だとしたら、それは恐らくヘクゼダスのことだろうと彼女は考える。
サイカロスにそう言った学術的興味を持つ者がこの世には一定数存在することは彼女も知っていた。だがそう言った人物の大概は狂っているか、間違った知識をひけらかして周囲に不利益を被らせたりしているばかりで何の脅威でもないため、サイカロスはずっと放ってきた。たまに近く知識を得た者もいたが、そう言った人物は皆消されてきた、無論サイカロスによって。あとの残りは大体研究中に死んでいる。
しかしヴェッチェがもっと納得いかないのが、彼らが捜しているのがよりによってヘクゼダスとは。確かに、彼は元々異世界からやってきた人間がエッシャザール皇帝直々にサイカロスに変えられたという特殊な出自を持つが、それを知っているのはサイカロスのごく一部に過ぎない。それを知っていて彼らはヘクゼダスを追い求めるというのか。だとしたらどうやってそれを知ったのか。謎は深まるばかりである。
ただ、何も予想を立てられていないというわけではない。考えうるものとしては、一つ目にヘクゼダスが人間にべらべらと喋ったのか。第二に彼の意識、記憶を読み取られたのか。いずれにせよ、あまりそれは好ましいとは言えない。別に知られたところでサイカロスに多大な悪影響を及ぼすとは考えにくいが、ただ敵対する者たちに自分たちのことを知られていていい気分ではない。ならば、消すしかあるまい。
彼女はいつもの痛めつけられる喜びの無表情ではなく、気に食わないという風の無表情でそう考えていた。ジェイラスたちが生き延びる道はあるのか、このおぞましい死刑執行人の手から……




