第十一話 訓練続行
「じゃあまず殴ってみて」
そういうとキエリエスは両掌をこちらに向け、足を開き少し腰を落とした。
「力試してことか?」
「そそ、おもいっきりやっちゃってー。そう簡単には死なないから大丈夫」
と彼女は言うものの、三メートル近い悪魔が自分の半分程度の背丈の少女に力いっぱい拳を振るっていいのだろうかと躊躇ってしまう。しかし彼は人間だった頃を思い出す、こういう場合、というか二次元の中の女キャラは腕が細い癖にものすごく強いというのが相場である。なら彼女もまたその法則に従っていてもおかしくはないのだ。それに確か治安維持がどうとか言っていた気がする。治安維持がひ弱に務まるわけがない。彼は左の拳に力を目一杯込め、振りかぶり彼女の小さな両掌めがけて突き出した。
彼は突き出す瞬間、今までに感じたことのない高ぶりと、底知れぬ力を感じた。拳圧が微細な風を吹き上げる。彼の大きな拳はすっぽりとキエリエス手中に収まっていた。
「……おお」
彼は自分の力に感心すると同時に、渾身の一撃と思っていたパンチを顔色一つ変えずに彼女に受け止められてしまったことに驚き、少し落ち込んだ。しかしそんな彼の気を知ってか知らずか、彼女は彼の手を握りしめたまま跳びあがった。
「すごいすごい!私手が痺れちゃった!その体になってからまだそんなに経ってないのにこんな力を出せるんだね!」
ぶんぶんを彼の腕を振り回しながら彼女は驚いて見せた。そんな彼女のやさしさに彼は思わず涙しそうになった。しかし涙腺など持たない彼の目からは何も流れることはなかった。
(まったく効いてなかったってわけじゃないんだな)
彼はホッとした。
「よろしい。力はわりとあるようですね。鍛えていけばそれなりに勇者たちを苦戦させられるでしょうね」
と、障壁の外にいるヴェッチェがやはり片眉を吊り上げることすらせずに感心したように見せた。実際はまったくもって感心の一つもしていないのだが。
「そこは倒せそうとか言ってほしかったなあ」
褒めてくれることを少しばかり期待した自分が馬鹿だったと首を横に振る。
「冗談が過ぎますね」
次に行きましょう、と彼女は軽く手を叩く。
「じゃあ次は尻尾、動かしてみよっか」
キエリエスの尾が自由自在に彼女の周りを動き回る。彼の腰にも生えているが、彼女のそれよりも長く、太く、そして強靭である。
「尻尾は多分今まではなかったでしょ。だから少し難しいかもしれないけど指とか顎とか元から体にあるものみたいな感覚で動かせるようになるから焦らないでね。尻尾が使えるようになればその分手数が増えるし、強烈な一撃を浴びせることが出来るよ。それに普段の生活でも便利だし」
(なるほど確かに手足がもう一本増えたと思えばいいのか)
転生直後に尾を動かした記憶があるが、確かあの時でもかなり自由に動くことに感動していた気がするが、彼女のを見ているとまだまだ滑らかとはいいがたい動きをしていたことに気づいた。
そして彼は改めて尾に神経を集中し動かしてみた。するとどうだろう、変に気を入れたのが間違いだったのか、尾はまっすぐ後ろに伸び、障壁にあたって跳ね返った。思わず彼が振り返るとそこには真顔でこちらを見つめているヴェッチェがいた。
「いいですね、その反逆精神。真っ先に私を狙うとは。覚えておきましょう」
「あわわわわ」
人間、いや悪魔本当に慌てているとあわわなどと言ってしまうものである。障壁がなければどうやら彼女の顔面に先が直撃していただろう。彼女がむざむざ直撃を許すわけがないだろうが、もしあたっていたならばと思うと、彼は膝を震わせた。
「は、ははは……尻尾ってのはそんなに意識するものじゃないよ?歩くとき右足左足って意識しないでしょ?」
「ああ、なーるほどね」
気を取り直して今度は体の力を抜いて尾を動かしてみた。驚いたことに、尾は先ほどとは打って変わってゆっくりと滑らかに動くようになってきたではないか。自分の体長よりも長い尾を自在に動かして彼は遊んだ。




