第百八話 ビン詰めの夢
「イェルヴェルーニウ、あの水晶みたいなのと光の正体は何かわかるか?」
ジェイラスは彼なら知っているかもしれないという可能性にかけて尋ねてみたが、それとは裏腹に彼が堪えられることを期待してなどいなかったのは、フォルタニッツァの内部の映像を見た時に見せた彼の反応を見ての判断であった。内部を見るのも初めてなのに、あの水晶も光についても知るはずがないのだ。
「すまないが、わからない」
彼の答えは予想通りのものではあったが、期待以上の答えも同時に返ってきた。
「だが……あの光はもしかすると……魔法との接触反応かもしれない」
「接触反応?」
初めて聞く言葉だ、もしかしたら魔法学の専門用語なのかもしれないと思いメナースの方を見ると、彼女の表情を見るにその擁護については理解の範疇にあるようで腕を組んで頷いているのが視界の端に映っていた。
「フォルタニッツァは食事をしないのは予想できる、だろう?……しかしフォルタニッツァも生きている以上栄養を補給する必要がある…………そのためにシフスを空気中や植物から取り入れて心臓部分にたくわえていると聞く。多分あの大きな水晶がコアだろう……で、魔法の燃料であるシフスがシフスを大量に蓄えている場所に強くぶつかることで一気に溢れ出し大変な事態を引き起こすことがある。それが起こった……のだろう」
これほど彼が長くしゃべるのを聞くのは初めてな気もするが、それはまず置いといて今重要なのはその接触反応とやらが起きたことである。その反応が起きたことで恐らくその周囲にいた者が皆遠くへと飛ばされる事態となり、ヘクゼダスが巻き込まれたのがそれなのだろう。
「ヘクゼダスという悪魔が、恐らくあの光に飲みこまれてそれでスキウラからここまで飛ばされたんじゃないかと思う。今までのことから結論づけると」
ヘクゼダスはフォルタニッツァの中で戦っている最中光に飲みこまれて気づいたらここにいたと言った、それならばもう確実といっていいだろう。
「つまり、何者か……多分最初にあれに何か細工してた男の悪魔がシフスを思い切りぶつけるかしてわざと接触反応による爆発を起こしたってことになるわね」
と、メナースは言い、まあそう考えるのが妥当だろう。だがイェルヴェルーニウはそう結論付けるのはまだ早いと言いたげなようで、何か意見があるのかとジェイラスは彼に尋ねてみた。
「出来ることなら……内部でその瞬間に何が起きたのかを見たかった」
残念ながら、反応が起きた時このフォーキシェという悪魔はフォルタニッツァの外にいたために内部で起こったことは何一つわからずじまいである。これ以上の情報を引き出せないと判断したイェルヴェルーニウは、この悪魔が自分たちと会う直前までの記憶を読み取ってしまうとそこで術を解いていた。
「さて、ヘクゼダスの動向についての情報は得られなかったか」
近くの石に腰を下ろしながら、残念そうにジェイラスはそうぼやいた。一緒に飛ばされた悪魔ならば彼を知っている可能性はあったのだが、こいつはヘクゼダスとはちりぢりに飛ばされてしまった悪魔の一体なのだろう。
「仕方がないよ、どうしようもないし。さ、そろそろ行こっか」
すこしばかりの滞在にしては十分すぎるほどこの史跡には長居してしまった、危険な集団やあの部族に出くわしてしまわないうちにさっさと移動しておいた方がいいだろう。ジェイラスもそれに同意して頷くと立ち上がり、出発することを告げた。
「行こうぜ。あんまり時間をかけても成果が得られるとは思えないし」
「わかった」
ところで、とユーリィ。
「どうした?」
「これどうするの?」
と彼女は地面に横たわる悪魔を指さした。それについてはジェイラスも知らない、何も考えていなかったが一体イェルヴェルーニウはどうするつもりなのだろうか。またお得意の格納術で懐にでも悪魔を抱え込むつもりだろうか。あり得ない話だが、彼のことを考えるとないとは言い切れないので恐ろしいが果たして。
「始末してもいいし、放っておいてもいい。だがどうせなら少し研究材料をいただきたいね」
「というと?」
「一部、体を持っていかせてもらうう」
そう言うと、彼はやはり懐から三十センチほどの杖のような金属の棒を抜くと、魔法を使いながら先をフォーキシェの右腕の一つの付け根に軽く押しあてながらゆっくりと間接に沿って動かしていく。するとどうだろうか、杖の先の移動に合わせて当てられていた部分が青く光りチリチリとした線を残しつつ伸びていくではないか。そしてわきの部分に到達すると、少しの間を置いてコロンと腕が外れ地面に転がった。
「おお……」
その見事な切断痕に、思わず驚嘆してしまう。少し知識のある人が見れば、それをレーザー切断によるものだと思うかもしれないが、これは熱のようなエネルギーを使用しておらず、全てシフスを特殊な金属でできている杖と反応を起こすことで切断する効果を発動させているのである。そのため、たんぱく質を熱で変化させることなく新鮮な状態で加工でき、また火気厳禁の場所や物体も切断できる優れものの魔法である。
「すごいなあ」
彼らが感心している間に、そそくさと腕を拾い上げると懐にしまい込み、再び切断の作業へと入った。
「まだ?」
「ああ」
「じゃあ、ちょっくら周りを見てくる」
まだ彼の作業には時間がかかることがわかると、ジェイラスは槍を持ち直し、付近を見回ってくることにした。
その間、残りの三人は目の前で行われている悪魔の解体に目を奪われ一心に見つめ続けていた。そうそうこんなもの見られる機会はないので、ついつい魅入ってしまうのも不思議ではない。そうして、腕を更に二本と、右脚を根元からまるまる一本、そして腹部を切り開いて内臓の塊と、おまけに小さい方の目玉を二つとも抉り取ると、流石にそれらは直接懐には忍ばせず、取り出した容器に封じ込めた。内臓を取り出すところからは女性陣は目を背けていた。
「終わった?……ジェイラース、終わったみたいよー!」
メナースは極力解体された悪魔を視界に入れないよう目を背けつつ呼びかけると、すぐに返事が返ってきたので三人を促して声のした方へと向かう。
「長かったな」
思いのほか時間のかかったため、少し不審がっていた彼に簡単に内容を話すと眉をしかめながらも彼は理解したと頷いて見せる。
「そういうことはまあ承知の上で雇ったわけだしな。まさか生きたまま悪魔を解体して一部をもってくほどとは……流石に思わなんだ」
「そりゃそうでしょ」
メナースも動物の解体くらいは授業の一環でやったことはあったが流石に悪魔まではない。敵とはいえ、少し可哀そうなことをしたかもしれないと後ろ髪を引かれる思いにもなったが、あれは悪魔で敵なのだと自分に言い聞かせ、振り返らないように努める。今はヘクゼダスのことを考えよう、あんな悪い(のは当然だが)悪魔もいれば、彼のように話の分かる、強制的に人間から悪魔にされた個体だっているのだ。
そんな世界を救おうという者にありがちな夢を胸に、彼女は地面を踏みしめていく。彼らはあちこちを切り開かれ奪われた無残な姿になったまだ生きている悪魔を背に、再びヘクゼダスを探して歩き出した。フォーキシェが目覚めた時、一体彼女にどれほどの痛みと衝撃が襲い掛かるのだろうか。それを考えずにはいられないイェルヴェルーニウは、想像しただけでトんでしまいそうになるほど、発情していた。




