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第百七話 逆巻く未知

 イェルヴェルーニウによる悪魔フォーキシェへの拷問が始まってから随分と時間が経過していた。朝早くに町を出た記憶があるが、陽は既に天辺を過ぎこれから沈みに向かっている。未だ彼はフォーキシェの脳から記憶を呼び出す作業に時間が彼の思っていた以上にかかっていたのだが、にも関わらず少しの焦りも見せずにいそしんでいるように見え、それを見たユーリィはつくづく変質者だと思わずにはいられなかった。

「ねえ、メナース」

 ユーリィは二メートル横で歩哨の番に立っているメナースに声をかけた。さきほどまでは目の前で行われていた拷問に耐えられず目を背けており口数もめっきり減っていたが、今はもうずいぶんよくなったようである。

「ん?」

「メナースはあの魔法使いのことどう思う?」

「えっ?」 

 随分と直球の問いかけを受けたものだと、彼女は無意識の内に頬に手を当てる。正直な話、自分でもはっきりと判断を下すことは今はまだ出来かねるというのが彼女の答えであった。あの魔法使いにユーリィが猜疑心を抱いているのは彼の佇まいや言動を見れば仕方のないことではあり、メナース自身もまたそのような理由で彼に対し信用の出来ないところはあるということを理解していた。

 が、だからといって悪い判断をすることが出来ないというのもまた彼女の中で同時に渦巻いていたのは確かであった。彼女は、彼のことを同じ魔法使いとしていわゆる尊敬の念の一種を抱いていたためだ。彼と自分とでは専門分野が異なるとはいえ、かなりの高等魔法を彼が自在に操っているのを目にすれば向上心を持った魔法を操るものならば誰とてそういう感情を持ってしまうのは当然であるのではないだろうかと彼女は考える。

 持ち物をかさばらせずに大量に持つことのできる術は見立てでは圧縮術かあるいは空間を広げる術を使っているのではないだろうか、いやもしかすると転送術を応用しているという可能性もある。これは今彼女が最も気になっている魔法で、あのような術はあることにはあるのだが、それでも釜のような丈夫である程度の大きさを持った器をつかわねばらなず、それに加えて必ず開閉の際にはそのための詠唱を唱えなければならない。にもかかわらず、彼は詠唱もなく懐からスッと自然に取り出して見せたのは、明らかに丈夫な容器を用いずにあの魔法を使っているに他ならないのだ。ということは、あれは既存の魔法を元に彼が改良を施したのか或いはそれを参考に一から自分で作り上げてしまったのかだ。

 それがどちらにせよ、彼のやったことはかなり偉大な所業と言えよう。魔法を新たに作るのはそう簡単なことではない。魔法原理学やシフス学、古代エルメテイヤ学などのエキスパートが数十年かけて漸く一つの魔法を創り出せるのだ。改良とて二年や三年で出来ることではない。人間などこの世界に住む特別シフスに恵まれているわけではない大半の種族にとってはそうなのである。

「メナース?」

 怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでくるユーリィに気づいてようやく自分が考え込んでしまっていたことに気が付くと、彼女は謝った。

「あ、ゴメンゴメン!ちょっと考えこんじゃった」

「そんなに真剣に悩むほど?」

「えっと、まあね……ああ、イェルヴェルーニウのことだっけ………うーん、今はまだあんまりわかんないかなーって」

 彼女の珍しく曖昧な答えに、ユーリィは小首をかしげながら引っ込んだが、曖昧なことが常な日本人である彼女故か、すぐに自分で納得してしまっていたので、メナースはそれ以上の追及を受けずに済んでいた。

「メナース……」

 そんな時いつの間にかノルが後ろに立っており、少し驚いたメナースとユーリィは小さく悲鳴を上げて跳びあがったが、ノルだとわかると安心すると同時に突然背後に立たぬようにしかりつけた。

「びっくりするじゃない!やめてよもう!」

「ホントホント!あり得ないから!」

 二人に責められたノルは、申し訳なさそうに頭を下げるとジェイラスに言われて二人を呼びに来たのだと伝えた。

「もうすぐ……終わ…るみたい」

「あ、そお?わかった、じゃ行こっか」

「うん」

 二人は歩哨を切り上げると、ノルと共にジェイラスとイェルヴェルーニウが作業を行っている場所へと戻っていった。さて、何時間もかけて拷問やら記憶を読み取る魔法やらを行った成果は出たのだろうか。

「あ、来たな」

 ジェイラスは向こうから三人が戻ってきたのを確認すると、丁度イェルヴェルーニウも作業を終えたことを確認し、全員が集まったところでイェルヴェルーニウに何を読み取ることが出来たのかを説明するように頼んだ。

「待って、ジェイラスは見てないの?」

 ユーリィがそう尋ねるのは、もっともなことだ。何故ならイェルヴェルーニウが読み取る術をかけた直後、ここにいる全員がこの悪魔の頭の中を見たのだから、ずっと一緒にいた彼も観ているはずなのだ。するとジェイラスは首を横に振ってこういった。

「あれはどうやらかけた直後に不安定なシフスの流れの乱れによって術者の周辺にいると見えるようになってしまうらしいんだ。だから安定するとすぐ俺も見えなくなってさ」

「へえー」

 思わぬ欠点があることを知ったメナースは、ついつい職業柄その改良点の模索をしてしまうが、その間にも話は進んでいく。

「それに、見えなくなってからすぐに俺も見張りしてたからさ。よく知らないんだ。じゃ、頼むよ」

 ジェイラスに促されると、イェルヴェルーニウは口を開くのではなく自分の頭に先ほどと同じ術をかけた。

「ああ、見た方が早いもんな」

 今彼の頭の中にはフォーキシェの記憶が流入しているため、すぐにフォーキシェにかけたものと同じ術をかけることでほぼ劣化させずに同じものを見ることが出来るというわけだ。百聞は一見に如かず、とはまさにこのことか、とユーリィとノルは頷いていた。

(こっちにもそういう諺ってあるのかな)

 ふと、ユーリィは思う。今まで聞いたことは無かったがもしかすると、いや確実に諺や慣用句の十個や百個あるはずだ。言葉がない世界じゃないのだからそういうものが生まれてもおかしくないのだ。こんな語学的な思考、かつての彼女ならば恐らく興味もないため考え尽くことは無かったであろう、それが考えるようになったのはこちらに来て新たな自分へと転生しもう一つの人生を内に秘めているからなのかもしれない。いやこの場合、内に秘められたのは元の世界の本当に自分か。

 いずれにせよ、外面だけでなく内面も大きく変わってしまったことは確かだといえよう。

 話は戻して、イェルヴェルーニウが投影した映像には先ほど見たものの前後が映し出されていた。直前にこの悪魔は他に三体の人型の悪魔と同行しており、その後黒いフォルタニッツァの内部に潜入。そして内部で巨大で透明な水晶に、リーダー格らしき悪魔が何か細工をしているように見える。

「あれなに?」

 そう尋ねるユーリィに、ジェイラスもただ首を傾げるしかなかった。フォルタニッツァについて知識があるものなんてまずおらず、内部まで見たことのある者などそれこそ一つまみも一つまみだろう。イェルヴェルーニウにもそれは同じだったようで、記憶の抽出の際に誰も見てはいなかったが初めてみるフォルタニッツァの内部についつい術への集中力を欠きかけるほどであった。それほどに、珍しい光景なのである。

 その後、再び外の光景が映し出されるとあまり時間の経たぬうちにヘクゼダス達が現れ、突如フォルタニッツァが移動を開始、そして暫くするとフォルタニッツァの広大な体の上半身をすっぽり包むほど大きな大きな光の爆発のようなものが起きたかと思うと、光が消えた後映し出されたのは森であった。つまり、ここであろう。

「一体あの光は……」

 度重なって遭遇する未知なる光景に、ジェイラスたちは困惑を隠せずにいた。

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