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第百六話 バスター

 決してヘクゼダスという名に反応したのか、その理由を頑なに話そうとはしない悪魔フォーキシェに対し、イェルヴェルーニウは容赦なく拷問を重ねていった。彼が痛みを与えるたびに断末魔の如き悲鳴が森中に轟き、そのおぞましさに木々が慄いているかのようにざわめき続けていた。

「ねえ、ちょっと」

 目の前の光景に耐えかねたのか、メナースが黙って拷問をかけ続けるイェルヴェルーニウに声をかけた。

「そんなに叫ばせてたらやばい奴らとかに気づかれちゃうかも……」

「そっちか」

 予想外のメナースの発言に思わずそう反応してしまうジェイラスであったが、確かに彼女のいうことにも一理ありこれであの部族が悲鳴を聞きつけ様子を窺いにやってくるかもしれないし、他の人間などにも効かれてしまう危険性がある。もしそうなれば、自分たちは悪魔を拷問する異常者集団としてのうわさが広まってしまうかもしれない。もっとも、悪魔を仲間に引き入れようとしている時点で異常者の烙印は押されたも同然であるが。

「問題ない、周囲に吸収の術を張り巡らせている。半日はこのあたりの音は外には響かない」

「な、なるほど?」 

 どうやらそういうことは既に対処済みのようだ。

 何を言えばいいかもわからなくなってきたために、彼は黙って悪魔の拷問を眺めるほかなかったのだが、そうしてしばらく眺めていたのだが悪魔というものは人間よりもよっぽど丈夫に出来ているらしい。きっと人間が食らえばあっという間に死んでしまうのではないかと思われるような痛みを与えられているであろうにも関わらず、悲鳴は上げていてもまだまだ気丈であるように思われる。その証拠に、フォーキシェはニヤつきながらイェルヴェルーニウを煽るような発言を飛ばす余裕があった。

「ハン、そんなもんかい人間どもの拷問ってのは!サイカロスからやられたのと比べりゃあなんてこたあないってもの!!」

 彼女はその発言で彼の感情を煽り冷静さを欠かせて自分を縛る魔法の緩みが出来た所で力技でほどこうと目論んでいたようだが、彼はその煽りを気にも留めなかったことでその目論見は外れた。

「そうか、ではもう一つ」

 そう言って彼は現在の術を掛けつつもう一つの魔法の発動に取り掛かった。

「は?」

 直後、彼女の二メートルほど直上に数本の青い剣のようなものが現れた。長さにしておよそ二メートル、刃の幅もニ十センチはあろうかという質量剣である。それは二秒ほど滞空したかとおもうと次の瞬間にはすべてがフォーキシェの体中に突き刺さり貫いて彼女の体を地面に文字通り釘付けとした。

「ッグオオーーーーッ!!」

 いくら悪魔とはいえ、女性型である彼女からはおおよそ想像もできないような野太い雄叫びが悲鳴として轟き吸収の術に取り込まれて消えていく。

「ヒッ」

 その光景に思わず皆小さく悲鳴をあげたり目をそらさざるをえず、同じく顔を背けてしまったジェイラスはそっと目を開くと、顔、胸、腹、足あちこちに容赦なく突き刺さった剣と、それなのに縛り付けている糸はまったく切れ目もないという摩訶不思議な様相が目に飛び込んできた。

「いったい、なんの……」

 恐る恐る、彼はくし刺しにされたフォーキシェの下へと歩み寄る。それは間近で見ると殊更不思議としか言いようのない様子であった。剣が突き刺さっているというのに、フォーキシェに少しも出血の様子は見られず、かといって死んでいるというわけでもなさそうだ。それにしても、悪魔の耐久力というものは本当に生物から並外れている。いくら悪魔でもこのような攻撃を受ければ致命傷となりそうなものだが、これも拷問術の一つなのだろう。死はなく、そこにあるのは苦しみだけのようだ。

「っごおおおっ……てっめえ!ころ、殺すっ!」

 顔面をはみ出す位大きく剣でぶち抜かれているというのに、この悪魔は威勢がいいものだ。殺気を緩める様子のない彼女を呆れたように眺めていると、イェルヴェルーニウが手を軽く動かした。

「があああ!!!やめろおおお!!痛いいぃっ……やべ、ろおお!ぐううう!!!」

 途端にさらに激しく痛みを訴えだし、二重の拘束をかけられているというのに二十センチは飛び跳ねられるほどの苦痛を与えられているようだ。

「話せ」

 痛みを緩めた彼が短くそう告げると、やはり悪魔はほくそ笑んで威勢のいい言葉を吐いて見せる。

「……はあーはあー………だ、れが、喋るものかい」

 また彼が手を振った。そして悲鳴が続く。緩める、罵倒、悲鳴、それが幾度となく繰り返されそれがもう二時間も続いたころ、遂にフォーキシェの精神は限界を迎えた。

「あ、あ……あ……」

 最早三つの眼は全て虚ろとなりあらぬ方向を向いて焦点があっているようには見えない。どれだけの苦痛を与えられたのだろうか、ついつい悪魔に同情をしてしまう程痛ましい姿に見えるのは、きっとこれが曲がりなりにも女の姿を取っているからなのだろうか。もしこれがもっと悪魔らしい人ならざる姿を形どっていたのなら、自分は同情など微塵も抱かなかったのだろうか。

「さて、聞きだそうか」

 イェルヴェルーニウはそうはいうものの、この状態でどうやって必要な情報を聞きだすというのだろうか。そう疑問を抱いていると、それをあらかじめ予見していたかのように彼は新たな魔法をかけはじめる。

「これは頭の中を探る術だ」

「なら、最初からそれをつかえばよかったんじゃ」

「違う、これは悪魔なんかに使うには相当弱らせねばならない……」

「そう、か」

 彼は懐からベリテ(※1)の胃袋で作った袋を取り出すと中に手を突っ込んで指先に何かを摘まんでそれを悪魔に振りかけた。満遍なく振りかけられた煌く白い粉が悪魔に触れると、あっという間にその中に溶け込んでいき消えてしまった。

「ユーリィ終わったよ」

 ジェイラスは未だに眼を閉じ耳を塞いでいるユーリィに拷問が終わったことを知らせていると、その間に頭を探る術は発動してしまっていた。

 フォーキシェの真上に、大きな映像が映し出された。それはまるで先ほど彼が使用したレビュービル・ラシオーンのようであったが、その映像の元となるのは悪魔の脳である。

「これはなんだ……」

 目の前に映し出された光景に、ジェイラスたちは息を飲んだ。

 映っているのは巨大な黒い岩、いやよく見て見るとそれは人の形をしている。最初は土人形の類と思ったのだがよく見るとその大きさがおかしいことに気づいた。その首元辺りに何やら小さい点がいくつか動いているのが見える。それを拡大してみると、悪魔と人間であることが判明した。人間たちは魚の頭の悪魔とともに四角い箱のようなものの隣にいる。首近くに点在している者は、一体がスカートを履いた女性のようだが、それ以上詳しく見ることはできなかった。もう一体は青い肌の、羽の生えた典型的な悪魔。

「サキュラオティアだな」

 それを見たイェルヴェルーニウがそう呟いた。

「サキュラオティア?」

「そう、こちらではサキュラオティアと呼ぶ。その一族は皆美しく魅力的な姿をした女の形をなしているというが、淫らな夢を見せるようなことは無く、恐ろしい戦闘力を持った一族という」

「へえ……」

 残念ながらこれも同じくよく見ることは叶わなかったのだが、隣りから鋭い視線を感じたのでそれ以上その悪魔を見ることはやめた。そして最後の一体、これは遠めだがジェイラスたちは一目でその正体に気づいた。

「これ、ヘクゼダスか……」

「そうみたいね」

 ということはだ、あの巨体のヘクゼダスが植物の種よりも小さく見えるほどのこの土人形と、ヘクゼダスと出会った時に聞いた話から察するにこの映っている物体は……

「フォルタニッツァか」

 確か、ヘクゼダスはフォルタニッツァの中で悪魔と戦い爆発が起きた結果気づいたらこの森にいたという。ということは、この光景はヘクゼダスがここに飛ばされる直前のもので、そしてこの悪魔は同じくこの黒いフォルタニッツァにいたということになる。

「さて、まだまだ見ることがありそうだな」

 そう言うと、イェルヴェルーニウはより深く術を壊れてしまったフォーキシェの脳にかけていった……

※1 ベリテ:見た目は鱗のある山羊のようだが熊よりも大きい。気性はおとなしく胃が四つもあり、肉は美味しいが独特の風味がある。

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