第百四話 レビュービル・ラシオーン
森を行く一行、途中危険なハンター達に出くわしそうになりつつもやり過ごした後、ヘクゼダスと別れた場所のすぐ近くへとたどり着いていた。
「バローロミナンの史跡の一つ、テルブレン寺院跡地はこの小川を下ったところだね」
メナースは地図を覗き込みながらそう述べる。彼らは現在名もなき小さな小川に沿って歩いており、この川を下る道中に彼らが謎の部族に襲われた史跡があるはずなのだ。
「ふうん……」
先頭を行くジェイラスは、ここにきて不安に駆られていた。言い出しっぺではあるものの、あの時から既にもう三日は経っている。悪魔の行動範囲がどれほどかは知らないが、人間でも日中だけでも三日も歩けばそうとうな距離を行くことが出来るはずで、もしかすると海を渡って大陸へと出てしまっている場合も無きにしも非ず、なのだ。そうすればこの捜索は徒労となるばかりか、悪魔の観察を交換条件に雇い入れたイェルヴェルーニウを裏切る結果となってしまうわけで。
今更になってそんなことを悩んでいるジェイラスを他所に、三人はイェルヴェルーニウに質問を投げかけたり投げかけられたりと賑やかな雰囲気であった、ように思われた。
「イェルヴェルーニウはどんな魔法を?」
そう尋ねたのは同じく魔法使いであるメナースであった。魔法使いとして学び訓練を受けた彼女としては、習うことのなかった彼の特殊な魔法についての好奇心が抑えきれずにいたのだ。とはいえ、彼が口数の少ないことは既に判明していたためあまり良い返事が返ってくるとは思っていなかったのだが、彼の反応はそれを上回るものであった。
無視であった。
彼女の問いかけに対し、彼は眉すら動かさずにただまっすぐ歩き続けるだけでうんともすんともいいやしないので、怒りを通り越して呆れたメナースは、この先が思いやられると頭を抱えるばかりであった。今度はユーリィが当たり障りないありきたりな質問を投げかけてみたのだが、やはり彼は何も答えてはくれなかった。
「どうしてなんも教えてくんないのかなあ」
メナースは嫌み交じりに聞こえるようにそう呟くと、横目でちらりとイェルヴェルーニウのほうを一除いたのだが、彼はどこ吹く風とばかりにただ黙って歩き続けるばかりであった。
「おい、メナース」
そうこうしているうちにジェイラスがそろそろじゃないかと言いたげに足を止め彼女らのほうを振り向くと、メナースは慌てて地図に目を落とし地図通りの場所にいることを確かめると、彼らから見て右の方角を指さし示した。
「こっちだね、きっと」
そう彼女が指さした方向に、ノルは嫌な気配を若干ではあるが感じ取っておりその旨をジェイラスに伝える。
「こっち……なんかいた、良くない気配……」
彼の物言いに引っかかるところがあったジェイラスは聞き返す。
「いた?じゃあ今はいないのか?」
「うん……いない」
「何がいたの?」
これはユーリィだ。
「わからないけど………危険な」
危険のなもの、と言えばイェルヴェルーニウを除く四人の頭に浮かんだのはあの気味の悪い危険な部族ではあるが、もしかしたらまた別の邪悪な存在がこの島にいる危険性はあった。そこでジェイラスはメナースに探知魔法を向こうに向けて飛ばすよう指示すると、既に彼女の方でも準備はしてあったらしく彼の指示から間髪入れずに魔法が発動した。
それから二十秒ほどで範囲内の探知が終わる。
「どうだった?」
彼は槍を握りしめてそう彼女に尋ねると、彼女はウインクで返し安全であることを示したので彼らはいくらかの不安を取り払った状態で前へと進むことが出来た。メナースの腰ぐらいの高さにまで伸びた下草をかき分け、彼らは進む。安全が確認されているとはいえ、再びこの場所を進むのは勇気のいることで、僅かながらに見覚えのある気がしてきた四人は息を飲んで進んだ。
「あっ」
ジェイラスが声を上げる。彼の眼には、あの時の史跡が入っていたのだ。彼らは足早に進む。もしかしたらここにヘクゼダスのいた痕跡があるかもしれないし、或いは最悪のパターンではあるが彼の亡骸かその一部が残されているということもありえたからだ。
しかし、彼らを待ち受けていたのはヘクゼダスでもなければあの部族でもなかった。そこには何一つ落ちてなどいなかった、指の一本すらも。残留物でのみ見れば、まるでそこで戦いなど起きなかったかのように自然な姿で史跡は残されていた。だがそんなはずはない、きっと大変な戦いがこの場所で繰り広げられたはずなのだ。
「何か痕跡がないか探そう」
「わかった」
「うん」
「ン……」
彼らは手分けして史跡の周辺を地面に膝や手のひらをついてでも血の一滴の痕でもないかと目を皿にして探したのだが、なかなか見つかる様子はない。必死になって悪魔の痕跡を探している彼らを、イェルヴェルーニウは一人突っ立って眺めていたのだが、やがて一つの呪文を唱えるとその史跡に突然ヘクゼダスと部族の姿が現れたのだ。
「なああ!!!」
「何!どうして!!」
突如現れた彼らに驚き戸惑ったジェイラスたちは、慌てふためいて臨戦態勢へと移行するが、メナースが爆発魔法を唱えようとしたところでノルが何かに気づいたらしく皆を制した。
「どうした!」
今にも特殊攻撃を繰り出さんとしているジェイラスは声を張り上げる。
「これ、映像……ホログラムかな」
謎の単語が彼の口からついて出たため、ジェイラスはどういう意味かと尋ねる。
「えいぞう?」
「うん、映像……元いた世界にはあった……記録してえっと……その、でもこんなふうに立体的に本物みたいに映すまでは……まだいってなかったけど……」
「ユーリィも知ってるのか?」
「う、うん……でもホロ?なんとかは知らないかな」
ホログラムという単語など、SF映画でも見ていなければまず聞くことのない単語であるため、そんなジャンルに興味のない彼女が知らなかったのも無理はないだろう。だが、彼が言うように確かにそれは立体的な映像にも見えた。何故ならリアルに起きていることにしては、微妙に色が薄くまたところどころ乱れているように見えるからだった。そう考えると余計に本当にちょっと質の悪い映像のように見えてきて仕方がなくなってしまった。
「あんたが?」
とジェイラスはイェルヴェルーニウに尋ねる。こんなことできるのは彼しかいない。すると彼は静かに頷くと、簡単にこの魔法についての説明を教えてくれた。
「レビュービル・ラシオーンの術。五日ていどならその場所で起きたことをこうやってもう一度見ることのできる魔法……」
「知ってたか?」
ジェイラスは小声でメナースに尋ねると、彼女はまだ驚き呆けた顔で首を横に振って知らないとだけ答えた。
「これが……ヘクゼダス」
イェルヴェルーニウは謎の部族には目もくれずに目の前でこの場所で四日ほど前に死闘を繰り広げていた長身の悪魔を一心に見つめていた。ジェイラスたちも、その映像魔法に目を奪われていたが、彼らの抱いた感想は共通しており、それを最初に口に出したのはジェイラスであった。
「強い」
彼は目の前で繰り広げられている、いや繰り広げられていた死闘の中心にいたヘクゼダスの戦いぶりに感心していた。見た目はおっかないが中身はどこか頼りなさげに見えた彼も、こうして実際に戦うと彼が悪魔の一族の一人であることを再認識させられる。この戦いぶりは、敵としてみれば恐ろしい限りではあったが、味方として捉えれば実に頼もしい味方となりうるはずだ。彼はそんな皮算用に胸を高ぶらせていたが、突如メナースの消えかけていた探知魔法に反応が現れたために全員が我に返り素早く戦闘に備えた。映像も同時に消え、イェルヴェルーニウは手の輪っかのようなものを握り旨の前に持ってくる。
「誰だ、お前たちは」
女の声であったが、どこか寒気のする声に彼らは身じろぐ。イェルヴェルーニウは直感で気づいていた、これは悪魔の声であると。天使の言の葉を起動させたままでいたために言葉が全員に通じていることに四人はまだ気づいていない。
「おやぁ?シラバルサンサのゴミ共かあ……」
「お前こそ、だ、誰だ!」
声を張り上げる。そして声の主は史跡の石柱の裏からおもむろに姿を現し、その姿を見たジェイラスたちは息を飲んだ。
「あ、悪魔か……!」
まさにそれは悪魔と言うにふさわしい容姿をしていた、見た目は人間の女のようだが、腕が全部で五本もあり、肌は灰色、右目は左目の半分の大きさであったが二つ縦に並んでいる。そして何より、友好的ではなさそうな雰囲気を醸し出している。悪魔の彼女は何故か名乗りを挙げ、
「そうさあ、私はフォーキシェ……じゃ、死になよ」
唐突に、悪魔との戦闘が始まった。




