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第百三話 サマノニアの青き森

 二日後の朝、酒場の前に四人の男女が集まっていた。ジェイラス、ノル、ユーリィそしてメナースである。

魔法と薬品による治療が功を奏し急速に回復した彼女は、自分が病室のベッドに横たわっていた間に起きた事の顛末を聞き呆れたり憤慨したりやらで忙しかったが、健常な体のおかげで再び床に臥すということもなくこうしてヘクゼダス捜索及び救出作戦に同行することとなったのである。

 ヘクゼダスが元いた世界で考えればつい二、三日前まで生死の境をさまよっていた人間が再び命の危険がある戦闘へ繰り出すことは考えられないことであったが、この世界はいくつもの常識が通じぬ異世界であることを忘れてはならない。真っ二つになった人間が数十秒後にはぴったりとくっついて襲い掛かってくることもよくあるほど魔法が発展した世界であるため、未知の毒の後遺症を未だ患う女性が戦列に加わることも全くもっておかしいことではないのだ。

 とはいえ、流石に元からこの世界の住人であるジェイラスでも彼女の黒く変色したままの腕を見ては心配せざるを得ないというもので、先ほどから何度も彼女に具合が悪くないかとしつこく尋ねてくるものだから、メナースはそんな彼に苛立ちを覚え始めていた。

「しつこいっての!大丈夫って本人が言ってんだから大丈夫ってことでしょ!なんでわからないかな!」

 昨日になるまで病に耽っていたとは思えないほどの気丈さに彼はたじろぐも、その反面で彼女が変色した右腕をこちらに見えぬよう腰の後ろに回していることに、ノルとユーリィは気づいていた。

「わる、悪い……メナースのこと、誤解してたみたいだな」

「わかればいいのよ、わかればね。で?」

 彼女は周囲に視線を巡らせながら何かを問うようにそう彼に声を投げかけると、何を言いたいのだろうかと彼自身も逆に問いかける。

「で?」

 すると彼女はじれったいと言わんばかりに新しい仲間とやらがいるんでしょうとジェイラスに詰め寄ると、そのことかと理解した彼も周りを見回しながらそろそろ来るはずだと呟く。

「もうそろそろ、日時計がミダスの時を指す時って言ってあったんだけど……」

 酒場の前にあるメリューン式日時計の針は確かにミダスの時を指しており、おとといこの時間に集合をとの旨を伝えたはずなのだが、ここでジェイラスは重要なことを思い出し頭に手をやった。

「しまった……酔っぱらってたのかも」

「ええっ!」

「嘘ぉ!」

 メナースとユーリィが驚きの声を上げるが、その可能性は極めてありうる。何しろ既に飲酒をしていたところに更に大きなグラス一杯にウィンペルとかいう不思議な酒を飲ませたものだから、酔っぱらってこのことをよく覚えていないということも十分に考えられた。或いは、無いことを信じたいがあの約束を反故にされたというパターンもありうるわけで、彼の脳内に不安と後悔が渦巻き始めていたその時であった。ふと彼の背後にローブ姿の人物が音もなく現れたのだ。それに初めに気づいたのはユーリィで、彼女は突然現れた彼に短く悲鳴を上げるとあと少しの所で炸裂魔法を二人目がけて放つところであったのをすんでのところでノルが止めたので大事には至らなかった。ともかく彼女が気づいたことでジェイラスとメナースも彼がいつの間にかすぐ近くに現れたことに気づき驚いて飛び上がって悲鳴を上げたのであった。

「すまない……旅支度をしていたのでね」

 とやはり背骨にまとわりつくような声でそう言いながらも、彼の手には輪っか状の金属が一つ握られているのみで、その言葉の割には荷物らしい荷物というものは見られなかった。

「支度って……荷物は?」

 聞かずにはいられなかったユーリィがそう尋ねるが彼は小さく笑うだけで何一つそのことについては話そうとはしてくれなかった。このイェルヴェルーニウという人物の謎は深まるばかりである。

「じゃ、じゃあ行こうか。ヘクゼダス捜索に、全員がそろったわけだし」

「よし!」

「さーてと行きますか」

「ウン……」

 こうして四人は臨時的にではあったが新たな仲間を迎え入れ、恩人である悪魔ヘクゼダスを捜索及び救出のため、サマノニアの青き森へと足を勧めた。旅の道中で新たな仲間と出会いつつ人助けをする、そんなRPGにおける王道のような展開がそこにあったのだ、ヘクゼダスがかつてこの世界に来る直前まで思い描いていたような光景が。



 一行は森の中を進む。空まで覆う程生い茂る森は、地上付近には日差しが足りていないためにあまり下草が育っておらず、代わりに自生しているのはシフスを養分の一部とする特殊な植物の一種がよく生えているのであった。森としては少し寂しいところはあるものの、そのおかげで彼らは道なき道を進めども草に行く手を阻まれることが殆ど無く、森の規模に対して殊の外進行速度は順調であった。

「今日はヴァッジャが鳴いてないね」

 いつもの汚らしいさえずりが耳に入らないことに気づいたユーリィが、とても居心地のよさそうな表情でそう呟いた。

「ホントだ……あ、そう言えば自己紹介がまだだったよね」

 と、メナース。

「そうだな、俺とノルはもう一応話しているから二人がしなよ」

 そうは言うものの、名前くらいしか話していない気もしたがそれはまあいいだろうと勝手に合点したジェイラスは、女性二人に簡単に自己紹介をするように促した。

 最初に話すのはメナースのようだ。

「私はメナース・ランガリン・リュ。遊撃魔術師ってところね。得意技とかはないけど……でも魔法全般を扱ってるわ、よろしく」

 そう微笑みかけた彼女に対し、イェルヴェルーニウはうんともすんとも反応することなく、ただ前を向き歩みを止めることなく一定の速度で歩き続けているだけであった。

「……じゃーあ、次私ね。私はユーリィ、異世界から来たんだ。この中で援護とか雑用とか」

 と彼女がまだ話している途中にも関わらず突如イェルヴェルーニウは目の色を変えて(顔は見えないが)彼女の方に詰め寄ると、メナースに対する態度とは真逆の興味津々だという対応をして見せたので、メナースは若干不機嫌となった。

「……君は異世界人なのか……転生者か?転移者か……いや、これは……キペテニウムの一族……異世界にもキペテニウムが?否、やはり転生者だろうか……しかし、これは……」

 そのまるで鬼気迫らんばかりに迫ってくるので彼女は引きつつも簡単に自分のことについて話すことにした。

「私は日本って国にいたんだけど、突然山口っていう男子がなにしたのか知んないけど、えーっと、何か光の渦みたいのに巻き込まれて気づいたらこっちの世界にいたんだよね……」

「光の渦……メルグランサの門か?……うーん……」

 何かしらの心当たりでもあるのだろうか、流石は謎の魔法使いといえよう。あんなにも彼女に興味を指名ていたにも関わらず、探求モードになると周囲に一切目もくれなくなるのは、研究者肌のようでそういった一面が面白い人物のように思われた。それに、一心に考え事をしていながらも障害物に一切ぶつからずに進むのもこれまた見ていて面白い。何かそういう術でもかけているのだろうかと重いそういう魔法はないのかとメナースに尋ねたが、彼女は知るわけないとすぐにバッサリ切り捨ててしまった。

 しばらく進んでいるが、ヘクゼダスと分かれた遺跡にはまだまだ程遠い場所にいたため少なくとも何らかの痕跡を見つけられるにはもう少し時間がかかりそうである。昨日の今日でそう痕跡や手掛かりが消えるとは思い難いが、万が一の可能性を考えて進まねばならない。彼らは木の一本一本に目を配りながら森を進んでいった。

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