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第百二話 イェルヴェルーニウ

「俺はジェイラス。魔王を倒すために旅をしてる。こっちが仲間の一人のノル。よろしく」

 ジェイラスが二人の自己紹介を手短に、最小限の情報だけを提示して述べた。相手の謎のローブの人物は、テーブルに置かれたウィンペルを気にしているようでしきりに何度もそちらの方に意識がいっているようだったので、ジェイラスははにかんでそれを勧めた。

「どうぞ?」

 するとそいつは恐る恐る持ち手に手を伸ばすと、飲み口の上に手を翳しそよ風よりも細やかな声で何かを唱えたかと思うと一瞬だけ水面がほのかに紫色に光ってすぐに消えた。それを行って安心したのか、グラスを持ち上げると両手で持って静かに口元に持っていった。ジェイラスはその口元に注目したのだが、やはりその人物の顔を窺うことは叶わなかった。先ほどの詠唱の声も男か女かすら図ることが出来ぬほどに小さなもので、これではこの人物について何も判明することがないではないかとジェイラスは既に若干の焦りを見せていた。とりあえず彼として、これもきっと彼が自分のことを知られぬために策を巡らせているためなのだろう。

「それで、いいか?あんたにこうやって話しかけたのは他でもない、さっきも言ったが俺達は」

 とここで彼は口をつぐんで周囲に目をやると声量を落として彼に囁くように伝える。

「ある悪魔を探しているんだ」

 そこでようやくその人物も口を開いた。闇の奥から発せられた彼の声は、歪な声色をして耳に届いた。

「……討伐か?」

「いや、違う」

 いうべきか、彼はここにきてまだ迷っていた。もしかすると彼も悪魔を討伐する側かもしれない、それにその風貌から悪魔を狩って実験の材料にでもしそうに思える印象を抱いていたので、実験材料に捕らえられでもしないかと話すのをためらったが、いずれにせよ彼の助けがなければならないことには変わりはないだろう。もしこの人物が強力な力を持つ者ならば、是非仲間に引き入れたいのだが。

「……救出だ」

 そう告げた途端、一瞬だが彼が動揺したのを見逃さなかった。どうやら予想外の相談内容に不意を突かれたようで、グラスを持つ手が微かに震えているのが確認できた。その震えが果たして興奮からきている者か、それとも怒りからなのか、或いは噴き出しそうなのを堪えているためのものなのか。彼の反応は危惧していた内容ではなく、寧ろ興味を持ってくれたようで、もう一度ウィンペルを口に含むと続けろと囁いた。一つの手ごたえを覚えたジェイラスは、ここが正念場だと話をつづける。

「その悪魔は変わってる。まず俺たちを見てもいきなり襲うことは無かった。そして天使の言の葉を使って対話を行うこともできた」

 すると彼は対話を行ったということにいたく惹かれたらしく、姿勢を少しばかり前のめりにすると

「対話を?彼らと?」

と、完全に内容に呑まれている姿を呈していた。

「ああ、そうだ。それによるとそいつはヘクゼダスと言って、スキウラ大陸のマ……」

「マヨルドロッタ城」

 言葉に詰まったジェイラスに、彼は既にスキウラ大陸という言葉の時点で察していたようだ。これはかなりの好条件かもしれない、これほど悪魔に食いつくとは。

「そこから来たらしい。フォルタニッツァの爆発に巻き込まれてな」

「……フォルタニッツァの……核の衝撃誘爆か……?いや……ああ、続けてくれ」

「で、そいつはしかも驚いたことに元々人間だったそうだ、しかも異世界の」

「異世界人……!」

 彼はがたんと机を揺らすと、静かに声を荒げ驚く。グラスは握ったまま口元に反対側の手を持っていき何やらブツブツと独り言を口走り始めたが、どうやら二人の理解できない言語を用いているらしく、言っていることの一パーセントも把握すらできずにいた。

「あの……」

 恐る恐る声をかけてみたが、どうやら自分の世界に入り込んでしまったらしくなんどか声をかけてもこちらに見向きさえしなかった。

「こりゃ待たされるかもな」

 と、ノルに向かってそう言うと、まだグラスに半分ほど残っていたデウンをまたチビチビと嘗めて時間をつぶす。果たしてこの謎のローブ姿の人物はヘクゼダス救出に同行の誘いを了承してくれるだろうか。今の所の様子では、首を縦に振ってもらえそうな方に傾いてはいるようだが、まだどちらに転ぶかわからないのが正直なところであった。

 出来ればこれから共に行動をしてもらえればありがたいのではあるが、そうでなく雇用という形となったとしたらあまり吹っ掛けられないことを祈るばかりである。



「んぐっ」

 彼がようやく自分の世界から抜け出したのはそれから二時間も経過した頃であったろうか、突然よしと声を上げたので、寝落ちしていたノルが変な声を出して目を覚まし頭を持たれていた壁にぶつけ、ジェイラスもうつらうつらとしていたところにそれであったので、寝ぼけて敵襲かと勘違いし手を腰のショートソードにかけていた。

「ふぁあ……決めたのか」

 そう問いかけるジェイラスに、彼は小さく頷くとその前に、と付け加える。

「……もう少しその悪魔について話を聞きたい。それと、何故私に声をかけてきたのかも……」

「そうだな……その悪魔は俺と仲間たちが森の奥で謎の部族に襲われたときに身を挺して逃がしてくれたんだ。もしかしたらそいつは生きていて、捕まっているかもしれないんだ。なんとなく、そんな気がする」

「なるほど……」

 嘘偽りは何も言っていない、だが普通ならこんなの与太話としてあしらわれるのが普通だろう。だからこそ事実を話したのだが、彼は信じてくれるのか。などと不安がっていると、彼は話をつづけてほしいと促した後、ウィンペルを一口しつまみを放り込んだ。

「ああ……どこまで、そうか……あー、でだ、俺たちはあいつを助けたいんだが、生憎とそこまで俺たちは強いわけじゃないし、悪魔を助けるなんて話聞いたらついてきてくれる奴なんて一人もいないに決まってる、例えこんな場所でもな。それで話を聞くとあんたは悪魔に興味があるらしいと、しかも殺すというのじゃない方向に」

「確かに……私は悪魔についての研究を行っているが……それで、私にどうしろと?具体的に」

「あんた戦闘は大丈夫か」

「……まあ、肉弾戦は無理だが魔法ならそこらの有象無象よりは優れていると自負している……」

「問題ない、いや十分すぎる。前衛は俺とこいつがやるからあんたは仲間と一緒に後衛を務めてほしいんだ」

「よかろう」

「じゃあ、引き受けてくれるのか?」

 話はとんとん拍子で進み、まさか一回で済むとは思っていなかったジェイラスは浮かれて浮足立っていたのだが、それをくじくかのように彼はその言葉を制すると、同行に対する報酬についてを尋ねた。

「あ、そうか」

 立ち上がりかけていたジェイラスは、途端におとなしくなるとそのまま上げた腰を降ろして座り直すと、バツの悪そうに自分たちの事情を話し始めた。

「実は……その部族に仲間が襲われた時未知の毒にやられて……助かったんだけどただその治療費で結構……」

「つまり、あまり報酬は出せないのか」

「まあ……」

 これはだめかもしれない、彼はがっくりと落ち込んで交渉決裂を括っていたのだが、意外にも彼から帰ってきた答えは良い内容であった。

「いいだろう、安くても構わない。ただ……」

「ただ?」

 つばを飲み込む。

「その悪魔を助けた暁には、そいつの調査をさせてもらうぞ、それが条件だ」

「それは、解剖したりとか?」

「しない、生態に興味があるのだ」

「じゃあ、頼めるか」

 こうして彼の想定していたよりも何倍もスムーズにことが運び謎の人物との契約が履行されたジェイラスは、彼の予定が合う二日後に再びこの場所で落ち合うことを約束し別れる。

「あ、そうだ」

別れる直前、彼はローブ姿の彼に名前を尋ねた。

「名前は?」

 すると彼は少し迷った後、こう答えた。

「イェルヴェルーニウ……」

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