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第十話 訓練開始

 城の中に突如として現れた広々とした空間に、マヨルドロッタ城が思っていた以上に広いということを思い知らされたヘクゼダスであったが、さらに驚いたのは中で魔物たちがまるで軍の兵士のように訓練を繰り広げていたことであった。防具を身に着けた案山子に攻撃を仕掛けていたり、訓練場の外周に配置されたレーンをひたすら走っていたり、剣の素振りをしていたりと彼らが異形の姿をしていなければ、ここが魔物の城ということを忘れてしまいそうであった。そんなあっけにとられている彼を無視して二人は中心の方へとさっさと進んでいってしまった。

「ビエドゥ、こんにちわ」

 ヴェッチェは中心にいた巨大な鎧に話しかけていた。八メートルはあろうかという巨体でも驚きだが、鈍色に光るその体には通常のものとは別にもう一対の腕が肩から生えていた。ビエドゥと呼ばれた鎧は、声のした方を振り返り、そのままゆっくりと下を見下ろした。

「嗚呼サヴェッチェ……何用か」

くぐもったようで、尚且つ何度も反響しているような低い声が鎧の中から聞こえてくる。

「ビエドゥ様、御機嫌よう」

「ヴェッチェでいいともう200年は言っている気がしますね」

 二人はどうも知り合いのようである。置いて行かれたことに気づいたヘクゼダスは彼を見上げながら思った。

「今日はあそこを使わせていただきますよ」

と、彼女は訓練場の一角を指さした。そこは周囲に何かしら環状の魔法陣のようなものが刻まれた地面であった。その周りにも同じものが複数あり、その中では魔物同士が戦っていた。

「成程、彼奴があの」

ビエドゥはヘクゼダスのほうを向き直り、恐らく睨んだのだろう。兜の小さな隙間の向こうから冷たい視線を感じ彼の背筋は張り詰めた。

「ウッス……」

 その静かなる迫力に彼はペコペコと頭を下げるほかなかったのであった。ビエドゥはそのまま彼をじっと見つめ続けた。そのまま10秒ほどの時が過ぎる。

「…………」

そしてそのまま先ほどまで向いていた方向へと向き直ってしまった。

(何も言わんのかーい!)

危ない、つい突っ込むところだった。本当に突っ込んでいたらこっちがあの剣を突っ込まれていたかも知れない。

「さ、行きましょう。今から行うのは基本的な戦闘指導です」

「ど、どういう感じでするんですか」

 内心彼女が相手するのではないかとびくついていた。もしそうなら基本とか言っておいてものすごく痛いのではないだろうかと括っていたからだ。しかしそうではなかったようだ。

「私がじきじきに教えて差し上げたいところですが生憎ジュル程度なら訓練でも殺してしまいかねませんのでキエリエスと行いなさい」

「よろしく~」

「ま、マジっすか」

 心の中ではガッツポーズを決めていた。多分彼女なら優しくしてくれるだろうという考えがあったためだ。またあわよくばラッキースケベな展開でもあるんじゃないだろうかという淡く邪な期待を抱いていたのだった。だが彼のそんな期待は強烈な痛みを伴って打ち砕かれることとなった。

「さ、二人とも中へ」

 二人は促されるまま魔法陣の中に立つ。直径はおおよそ八メートルそこらといったところか、地面に描かれてはいるが、棒か何かでひっかいて描いたというわけでもひっかいた後にそこに何かしら流し込んで作られたというわけでもないようだ。何か超常的な力で描かれているらしく、証拠に足で軽くこすってみても線はまったくもってぼやけさえしなかった。彼は改めてここが元いた現実ではないということを認識したのであった。

「では」

 ヴェッチェの足を構成する根状のものの一本が解け、魔法陣の一角に触れる。するとどうだろう、足元の線が青黒く光ったのだ。

「な、な、なんだあ?」

 一体何をしたのだろう。光は治まったが特に変わりは見られない。彼がゆっくりと後ずさると後頭部を軽くぶつけた。

「え?」

驚いて振り返るとそこには何もない。ヴェッチェに小突かれたのかと思ったが、違う。彼は微かにだが視界に歪みを感じた。目と鼻の先に何かがあった。恐る恐る指先でそこに触れてみる。するとそこにあったのは見えない壁であった。足元の魔法陣の外側の線からまっすぐ垂直に上に向かって見えない壁が張り巡らされているのだ。

「驚いた……」

「驚いたのはこちらもです。普通このキリムエの障壁に目で見てわかるものはいません。ごく一部、限られた能力の者にしか」

 少し感心したようにそういったのは、ヴェッチェであった。彼女は少し眉間にしわを寄せ、彼に歩み寄りながら話をつづけた。

「もしかすると貴方は魔力の可視化かあるいは視覚が優れている能力があるのかもしれませんね」

「すごいね!私まったく違いわからないよ」

「そんな珍しいの?」

ええ、とヴェッチェ。

「このキリムエは元は人間に立ち入らせたくない場所の周りに張り巡らせる結界で、この結界はこのように物理的にぶつかることなく人間の神経に気づかせることなく無意識のうちに避けさせる払いの術です。それを応用したのがこのキリムエの障壁。中からは決して破れない、狭い空間で気兼ねなく力を出すにはうってつけの術でしょう?」

 なるほど、もしかするとRPGで、マップの端は先があるのに見えない壁に阻まれて進めないのはこういうことなのだろうか。

「まあ、そういうことは今はいいでしょう。それでは簡単に肉弾戦から行いましょうか。あ、キエリエスちょっと」

 ヴェッチェは何やらキエリエスに耳打ちをすると口角を少しだけ上げて離れた。もしかすると笑って見せたのだろうか。だとするとあれが彼女の精一杯の笑顔なのだろう。キエリエスは元気に返事をするとやはり笑顔で彼の方を向き直った。

「ハーイ、じゃあはっじめっましょ!」

 彼女のしっぽがシュルシュルと動いて回る。それはまるで意思を持っているかのように滑らかで自由であった。そしてそれは痛みの始まりであった。


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