園江
(園江)
陽子に謝らなければいけないことがある。これから私が行うのは懺悔だ。十字架も神父もない懺悔を、残されたわずかな時間でしなければいけない。
ドアノブがきしむ。
「園江はさ、これからのこととか考えてるの」
「どういうこと?」
ベッドの端に座って下着をつけながら聞くと横たわった竜太が甘えるようにおなかに腕を回してきた。窓の外が暗いのを見て日が暮れるのが早くなったなぁとぼんやり思った。
竜太と連絡をとったのは陽子から竜太と付き合ったと告げられた次の日だった。普段取り巻きがいて近づくのは難しかったが、家の方向が一緒だったのが幸いした。
彼女の陽子はショートヘアだが、実はロングヘアが好き、ピアスは開いてないほうがいい、香水は嫌いでシャンプーの香りが好き。このために私は陽子に好きだと言われていたピアスを塞ぎ、近所の薬局でシャンプーの香りのボディスプレーを買ったのだった。
わたし、陽子の友達の園江っていうの。竜太くんのデートの都合に合わせてこっちも遊びの誘いを入れたいから連絡先を交換してくれないかな?
陽子断れない子でしょ?それでイヤイヤ私に予定合わせられても私が困るの。
竜太が本当にお人よしだというのは知っていたし、そんなことを言ったのが陽子にばれても決して陽子は私を捨てないという自信があった。人から嫌われるのが怖い人間は自己評価が低い。あなたが困る、より私が困る、という風にいったほうが交渉がうまくいく。私がそうだから。
そして父親も同じ。自己評価が低い。でも相手も同じだと見抜くと途端にマウントをとる。嫌な親に育てられたと思う。陽子の人のよさそうなお父さんが心底うらやましい。
竜太と関係を深めたのはそう遅くなかった。陽子とは手もつながないくせにつかめない男だと思った。
竜太が背中に頬を当ててため息をつく。
「陽子と別れて付き合おうって言ったら?」
「……別れてくれないと考えられないよ」
「じゃあ、別れる」
その日の夜のうちに竜太と陽子は本当に別れたのだった。そしてその次の日のうちに竜太は私のところに来た。間抜け面をぶら下げて、学校終わりに走ってきたのか、息を切らせて。玄関に立ったまま一言「別れてきた」と言ってこっちを見た。竜太の顔は自信に満ちていた。
「何考えてんのあんた」
この時私は自分の勝利を確信した。取り戻した。やっと取り戻した!
呆然とする竜太を外に押し出して、玄関で腹を抱えて笑った。
きっとそれがいけなかった。
私は今罰を受けている。あの日のことを忘れられないでいる。
ドアノブが遠くのほうできしんでいる。