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園江  作者: 谷田憂
5/6

陽子

(陽子)


 中学校の入学式でした。園江ちゃんがふらりといなくなってしまい、私はトイレの場所を探してうろうろさまよっていました。トイレの場所くらい誰かに聞いたらよかったのですが、私にはそれすらできなかったのです。情けない話ですが、私は園江ちゃんがいなかったら本当に、本当に何もできないのです。

 そんな迷える私を救ってくれたのが、竜太くんでした。お姉ちゃんが同じ中学校に通っていて何度か来たことがあるから、とトイレに連れて行ってくれました。思えばトイレを探しているというのを一目で見抜いた竜太くんはすごいと思います。事実、その後中学校生活を送るにつれて竜太くんは優しくて気が利く人気者という認識が徐々に強くなっていったのでした。

 トイレをすませてからお礼を言うと、メールアドレスを交換しないかと誘われました。携帯を初めて手にして一週間だった私は、たどたどしい手つきでメールアドレスを交換しました。間近で見た男の人の手が大きかったのが印象的です。


 竜太という名前を聞いた時の胸の高まりは今でも忘れられません。


 付き合うまでにかかった時間はさほど長くはありませんでした。映画に行ったり、買い物に行ったり、ささやかな交際を楽しんでいました。

最初に手を繋いだのは3度目の映画のデートでした。ロマンチックな恋愛映画を見ている最中、私から握ったのでした。恥ずかしかったのか、竜太くんは曖昧にしか握りしめてくれませんでしたがそれでも嬉しかったです。

園江ちゃんがいないと何もできない私が、勇気を出して行動した数少ないエピソードです。


 今までにないくらい幸せでした。でも、人の心とは木の葉のように、簡単に色を変えてしまうのです。


 八か月の短い交際でした。メールで別れを告げられ、自分がもう竜太くんにとって特別ではないことを悟ったとき、おえつといっしょに涙がこぼれてきました。体中の水分と塩分が抜けきってからからに乾いてしまうのではないかと思いました。

 別れたくない、とだだをこねることもできませんでした。そんなことをして竜太君に本当に嫌われてしまったらそれこそ死ぬしかない気がしました。

 別れた次の日、学校に来ると竜太くんはおはようも言ってくれませんでした違うクラスだったので顔も見れなくて、私は寂しくてたまらなくなり、午後からの授業をさぼってトイレの個室で泣きました。死んでもいい、竜太くんがいなかったら生きていけない。そう思えば思うほど、私は激しく泣きました。


 すると突然ドアをノックされました。次に聞こえてきたのは園江ちゃんの、透き通った鈴のような声でした。泣いているけど、大丈夫?でももうちょっと声抑えたほうがいいんじゃない。一人で泣くなら。

 私はすぐにトイレを飛び出し、園江ちゃんに抱きついて泣きました。


 園江ちゃんの香りを胸いっぱいに吸い込んで、セーラー服のえりに顔をうずめるともう安心しました。園江ちゃんは優しく頭を撫でてくれました。まるでお母さんのようでした。私は園江ちゃんに甘やかされることが何より落ち着くのだと再確認しました。


 私はこの時、園江ちゃんのことを一番の親友だと思いました。そして、ずっと園江ちゃんといっしょにいようと決意したのです。二人でいれば、誰もたどり着いたことのない至高の場所へたどり着けるような気がしました。


 私が竜太くんと付き合っていた八か月、園江ちゃんは何をしていたのでしょうか。きっと私はとてもひどいことをしていたのだと思います。竜太くんに夢中で、園江ちゃんのことはすっかり忘れていたのですから。


 園江ちゃんにごめんなさいと、あれから毎晩寝る前に懺悔しています。


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