園江
(園江)
下を向いて歩くのが癖になっていた。背中にごめんなさいという紙を貼って歩きたい気分で、いっそ劣等感で死ねたらいいのにと思っていた。
久々に見た彼女の姿に私は安堵した。いつも陽子は心配そうな顔で私と向き合う。彼女は気が弱くて人に嫌われるのが怖くて怖くてたまらない人間だ。私と同じ、臆病な。だからこんなに長く一緒にいられたのだけれど。
「こ、こんにちは、園江ちゃん」
深夜なのにこんにちは、なんて言うところがまた陽子らしい。でもその顔を正面から見つめることができない。でも表情が簡単に予想できる。たぶん、今まで私が見てきた中で一番困った顔をしてるんだろう。
私に嫌われないように、びくびくした懐かない犬のような態度がどれだけの人をイラつかせているか知らずに。そんな愚かなところも好きだ。こうしていつ来るかわからない私を深夜のコンビニで待ち続けるところも。
「深夜のコンビニ……よく来るの?」
「……」
「メール、返してくれないから心配しちゃって」
「……」
「何か言ってよ、園江ちゃん」
ぐにゃりと視界が歪む。
この時私の身体中を罪悪感が支配した。
「私ずっと待ってるんだよ。園江ちゃんが心配で心配でたまらなかったの。ひょっとして、私何かした? それとも夏休みに何かあったの?」
陽子、あなたはそんな人の心中に土足でずかずか入ってくる厚かましい女じゃないはずだろ。
「ねぇ園江ちゃん」
陽子、お前はほかの女とは違うはずだろ。
お前はほかの女と違って、私のすることにいつも微笑んでついてきてくれるような、そんな女だろ。
そんなお前もいつかは本当に、この世で一番誠実な男と結婚する。そのスピーチに出るのが私のちいさな夢だというのは永遠に言ってやらない。お前を聖女だと信じ、聖女であり続けてほしいという私の願い。その願いがどれだけ身勝手であるか、私は今改めて思い知らされている。
そしてその願いが、私を今こんなにも苦しめている。
そうだ。
これは罰だ。
濁流に飲まれたような感覚がした。今すぐにその場から立ち去りたかった。陽子に対する罪の意識と、陽子にすべてを押し付けてしまいたい思いでいっぱいになった。
コンビニから飛び出して、走った。脚がもつれて何度か転びそうになったけれど、冷え切ったアスファルトを底の擦り切れたスニーカーで踏みしめながらただ、家を目指した。
園江ちゃん!と呼ぶ声がしても振り向かなかった。振り向かなくても声が背中に張り付いてるような気がした。この時私はもう一生罪の意識から解放されることはないんだと確信した。
部屋に駆け込むと異様に静かだった。
不思議と涙がぼろぼろ零れた。とめどなく、壊れた蛇口のように泣いたのはこの時が初めてだった。
ひとしきり泣いた後、奥歯を噛んで机の一番下の引き出しを開けた。いつか使うかもしれない、そんな出来心で以前買った。まさか本当に使うとは思ってなかった。きゅっと、ひっぱる。力強い締め付けがそこにはあった。
携帯画面に浮かび上がる陽子のメールを見つめる。数分考えて、返信することをやめた。
電話帳のデータから竜太の名前を消して、私はドアノブを見つめた。