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園江  作者: 谷田憂
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園江

(園江)



 ああ、イライラする。胃がねじ切れそうに痛くて、胸がむかむかする。汗でべっとり濡れたシーツが不快でたまらない。カーテンの隙間がぼんやりと白い。朝が近づいているのか、街頭の灯りなのか……分からない。嫌だ。朝なんて来るんじゃない。ひたひたひたひた。お父さんが部屋の前を歩いている。男の気配というものに過敏になってしまった。

食器の音がする。食事が置かれたのだ。男手ひとつで私を育ててくれた父は私が好き嫌いなく何でも食べられるようにと工夫していろんな料理を作ってくれた。でも遠足や運動会に持っていくお弁当の色合いが茶色っぽいのはちょっと恥ずかしい。

服や小物もシンプルなものばかり買ってくるので全体的に地味な印象になる。特に貧乏というわけでもないのに色合いのせいで時々みすぼらしく見えてしまうのが小学生の頃は嫌だった。


同じ父子家庭でも陽子はいつも可愛い小物を持っている。小学生のころ、クラスの子が有名なブランドのキャラクターのハンカチを取り巻きに見せびらかしている横で、さりげなく陽子が同じハンカチで手を拭いていたのが印象的だった。

服装も華やかで、中学生になってからは服を買うときはよく相談したものだった。


 陽子。

 また、会いたい。


季節はもう秋になっている。ハロウィンも終わって、そろそろクリスマスがひょっこりと顔を出して忍び足でこちらに向かってくるころだろう。こうやって四角くて黒い部屋の中、何もできずにもがく私を置いて11月もきっと私を置いていく。

陽子はどうしているのだろうか。私が学校に来なくなって心配しているのだろうか。それとも、そんなこと忘れてしまったんだろうか。陽子もこの肌を刺す寒さと乾いた風と一緒に私のことなど置いてけぼりにしてしまうのだろうか。


携帯は怖くて電源を入れていない。入れたら間違いなくこみあげてくる不安を陽子にぶつけてしまいそうになる。それは決して許されないことだ。このことは、墓場まで……あの世でもし陽子に再会したとしても話してはいけない。つまり墓場以降まで大事に押し込めていかなければいけない。

なんて残酷な!

神様、私が悪かったのです。私はどうしてもあの清らかで純真な存在を独占したかっただけなのです。そして無垢さ故に傷ついた彼女を慰めてより強固な絆を築きたかっただけなのです。

 分かっていただけるでしょうか。

 神様なんで呼ばれているけれど、あなたも所詮人の子でしょう?


 布団の中でむせび泣いた。声が父に聞こえていようがお構いなしだった。私はただ、自分の今の状況を嘆き、これまでの行いを悔やんだ。死んだほうがマシだと思った。


 思い出す。

道、私は祭りからの帰りでぼーっと一人で歩いていた。黒い空に手違いで大きな穴が開いたような満月が浮かんでいてきれいだなぁと思わず口に出した。その時だった。満月が眼下に見えて背中をアスファルトに強く打ち、口をふさがれた。そのからの感触は、ムカデ。ムカデが這った。ムカデが私の首を、上半身を、下半身を。制止する手に嚙みついて。

 食いつぶせ。


 危険信号が鳴り終わり、最後に残った感情は。


「どうして?」


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